「学習には音読が効果的」─ ひょっとすると、あなたもそう信じてきたかも知れません。
しかし、音読は暗記や理解に強い側面もありますが、その反面、効率や学習効果を下げてしまうこともあります。
では、どのような場面で、どの読み方を採用するのが理想的(効果的)なのか解説してみたいと思います。
音読・黙読・視読
読み方には音読・黙読、そして視読という3種類があります。
音読は人間にとって一番原始的であり、幼少の頃から親しんできた読み方、学校教育の基本となる読み方です。
黙読は近代社会(活版印刷登場以降)で生まれた読み方とされており、それまでは「読書=音読」だったとされています。
視読(visual reading)という言葉はあまり一般的な言葉ではありませんね(学術的にもあまり使われることのない表現です)。この読み方は、20世紀に入る頃に学術的に確かめられたもの。黙読の最中でも頭の中で音として読み上げている(これを内声化, subvocalizaitonと呼びます)人がほとんどですが、この内声化をせずに処理(理解)する読み方です。
Secor(1900) Visual reading: A study in mental imagery
3種類があると言いながらも、この三者、音読・黙読・視読の境界はかなり曖昧です。
というのは、はっきりと声に出して読むのが音読だというのは分かりやすいのですが、声には出していないけれど舌・口・喉が動いていることがあります。これは黙読ではあっても作業としては音読に近いものです。また、内声化も人によって、状況によって、声の響き方(強さ)は様々。もっとも薄まった状態が視読ということになりますが、「これは完全に視読だ」という状態は、脳科学的に検証しなければ分からず、手応えはかなり微妙です。
音読と黙読、どっちが学習に効果的か?
十分に読書に慣れ親しんだ(つまり読解力のある)人であれば、一般的な状況での文章の理解度を見ると、音読と黙読の間に差はないと報告する研究が多くみられます。
□MacLeod, Gopie, Neary, & Ozubko,(2010)The production effect: delineation of a phenomenon
□Roberts, Hu, Curtis, Bodner, McLean, & MacLeod(2024) Reading text aloud benefits memory but not comprehension
など「音読は記憶には効果があるが理解には影響がない」とされています。
例えば、大学生などを対象とした実験では、音読後と黙読後で文章内容の理解度テストの成績に差は見られませんでした。これは、文章中の事実に関する逐語的な記憶を問う問題でも、文章全体の意味の読み取りを求める問題でも同様です。
大人の読みは黙読が基本
読書に慣れた大人であれば、中心となるのは黙読です(あくまで一般論ではありますが)。私たちが日常的な読書で、音読ではなく黙読を圧倒的に多く使用するのには理由があります。
- 時間効率の良さ: 黙読は音読よりも読む速度が速く、同じ文章を読むのに費やす時間が短いことが報告されています。
- 読み方・スピードの自由度の高さ: 黙読中は、その内声化の程度をコントロールすることで、読むスピードを自在に切り替えることができます。これを読書の柔軟性(reading flexibility)と呼びます。理解が難しい箇所はゆっくりと丁寧に処理し、容易な箇所ではスイスイと読み飛ばすことで時短が可能です。その究極は「ここは必要ないかな」と判断したら飛ばし飛ばし進めることも可能です。
- 理解の確認: 必要に応じて前の部分に読み戻るといった、理解度に応じた柔軟な読み方が可能になります。
これらは、長文を効率的に読み進める上で非常に重要な利点です。
一方、音読は文字を順番に発声していくため、読み方の自由度、つまり柔軟性が低いということになります。
ここ以降の話は基本的に高橋(2013)「人はなぜ音読をするのか」で紹介されている論を下敷きにしていますが、詳細は同論文に引用されている元の論文で確認してください。
音読が有利になる場面
逆に音読が有利になる場面というのは、次の3つの場面に限定されると考えられます。
1. 言葉のつながりが複雑な文の理解
音読時の口の動き(構音運動)は、文中の単語や助詞の配列順序を記憶するのを助ける働きがあります。短いシンプルな文であれば、黙読でもいいのですが、主語・述語・修飾語が複雑なつながり方をしている場合などは、音読の方が理解・記憶に有利です。
2.集中力が欠ける状況での理解のサポート
もう一つの重要な場面は、読解に十分に集中できない状況です。
周囲の騒音や自身の雑念(注意散漫状態, 難し過ぎてツラい…)などによって、読解に割ける認知資源(注意やワーキングメモリ)が少なくなると、黙読での理解度はが低下することが研究でも示されています。
一方、音読は構音運動によって必然的に音・言葉のつながりが自然と入ってきますので、そういう状況でも理解度が保たれます。
3.ミクロレベルの短期記憶
音読時に自分の声を聞くこと(音声フィードバック)は、文中の修飾語などミクロレベルの情報の逐語的な短期記憶を促進する可能性があります。しかし、その効果はあくまで短期的なものであり、文や文章全体の意味内容の理解や記憶には大きく貢献しないと結論づけられています。
音読 vs 黙読;社会人の場合は…
私たち大人が文章を読む場合、短期的・ミクロレベル(単語などのレベル)で記憶することよりも、ある程度のボリュームの文章を理解し、その主張やロジックの構造を理解することが目的となる場合がほとんどです。
その観点でいえば、文章の理解には音読より黙読が有利(有効)といっていいでしょう。また、ある程度の長期の記憶は音読したからといって作られることはなく、時間効率を上げて反復して思い出す、整理するといった作業が必要になります。その点でも音読の有意性はありません。(特にある程度の長文になると、詳細は記憶から消えてしまい、印象だけが残ると考えられています。)
読書における感覚イメージ
読書における主な「感覚(感覚イメージ)」には次の3種類あります。
- 視覚イメージ(単語を視覚的に捉える、または内容を映像として思い浮かべる)
- 聴覚イメージ(心の中で単語の音を聞く)
- 構音イメージ(喉や口、唇で単語を発音する感覚を覚える)
人類の歴史をみても(個人的な成長の過程を見てもそうですが)、文字を読むようになる前から言葉を話したり聞いたりしてきており、聴覚と構音の感覚の方がより強固なものになっていると考えられています。実験でも、被験者の多くが通常の読書時に聴覚と構音の両方、あるいは少なくとも聴覚のイメージを伴っていることが確認されており、これらが読書における一般的な要素であることが示唆されています。
個人の「タイプ」と読解プロセスの違い
読書プロセスにおける3つの感覚イメージの役割は、個人の「タイプ」に大きく依存するとされています。
- 非常に視覚的なタイプ
このタイプの人は、読書中に形成される視覚的な情景に基づいて内容を再生(想起)します。単語を見ただけで、聴覚や構音のイメージを介さずに直接意味を理解することができます。このタイプの人は構音と聴覚の両方を妨害しても、視覚化によって意味を直接得ることができるようです。 - 混合タイプ
視覚優位でありながらも「耳で考える」傾向が強く、内容を再生する際には視覚的な情景、視覚的な単語、そしてそれに伴う聴覚的な単語に依存します。場合(人)によっては内容が示唆する視覚的な情景に頼って理解するものの単語は常に聴覚イメージを伴うそうです。 - 不明瞭・複合タイプ
このタイプの視覚イメージは不明瞭で、内容の再生において視覚的な情景はほとんど役割を果たしません。
例えばある人は「意味」から直接内容を再生すると述べており、本人はそれを聴覚的なものと捉えがちです。
しかし実際には多くの感覚要素が融合し、特定の感覚には還元できない複雑なプロセスである可能性が示唆されています。
そして、この3つの感覚イメージは読書そのものに大きな影響を与えるとされています。逆に読書経験が感覚イメージに影響を与えているとも考えられます。
読書経験の影響
知的な興味を持ち、若い頃から多くの読書を重ねてきた人は、聴覚や構音のイメージが次第に薄れ、代わりに視覚的な単語の重要性が増す傾向にあります。
フォーカス・リーディングの受講者の中でも、最初から1ページを数秒で読む人は一定割合いらっしゃいます。(もちろん、そういう人はわざわざ受けにこないはずなので、非常に少数ですが!)小学校6年生の女子で、トレーニングをする前の段階で、東野圭吾の小説を1ページ3秒で読んでいた子が2人いました。
経験的には1ページを9秒以内で読む人は「音にあまり頼っていない」と考えています。
読書速度の影響
実験では、スピードを上げて読もうとすると聴覚や構音のイメージがより不明瞭になったそうです。これは、目が耳(内的な音読)を追い越すことで、視覚から直接意味を理解するプロセスが優位になることを示唆しています。
理解を助ける補助機能
聴覚や構音のイメージは、読解における絶対的な必須要素ではなく、むしろ補助的な役割を担っていると考えられます。これは先ほど書いたとおりです。
誰でも視読は可能なの?
頭の中で数を数えたり、口笛を吹いたり、「そーかそーか」と唱えたりすることで、構音を抑制する実験では、被験者全員の構音イメージが完全に取り除かれたという結果が示されています。
さらに、外部から音を聞かせることで聴覚イメージを妨害すると、特に視覚優位の人は、構音も聴覚もなしに読書が可能であることが示されています。(以上、Secor, 1900)
問題は、構音を抑制する練習(数唱する、何かを唱える…などしながら本を読む練習)でできた感覚を、普通の状態(なにも余計なことをしない状態)で再現する練習がなかなか難しいというところでしょうか。
フォーカス・リーディングのレッスンでは、約9割を超える人がそれほど苦労せずに実現しています。
残りの1割程度の人でも、同じ箇所を反復して読む練習をしたり、メトロノームのリズムに合わせて読んでいったりといったトレーニングを通じて、ほとんどの人がマスターしてしまいます。
視読の理解と記憶はどうなの?
黙読に関する心理学的な調査では「頭の中での音(構音)を強めるほど、理解と記憶が強くなる」ことが示されています。また、音読の効果を逆に考えると、複雑なロジック、レトリック、あるいは細かく確認する必要があるような数値表現、人名などの固有名は視読で捉えると理解が弱くなってしまう可能性があります。
実際、フォーカス・リーディングでは「一読して理解できる本」であれば、1ページ7秒前後での理解も可能だと考えていますが、言葉(情報)の密度が高い場合や、物理的に文字が多い場合には1ページ9-12秒ほど(場合によってはそれ以上に)時間を要すると考えています。
フォーカス・リーディングのトレーニングでは、比較的平易な自己啓発書(石井裕之著『心のブレーキのはずし方』)と平易な新書(岩波新書・齋藤孝著『コミュニケーション力』)であれば、この内声化を抑え、読書スピードを2-3倍化しても理解に影響がないと結論づけています。また、森田・小澤(2016)の調査でも理解度を損なうことなく50%程度のスピードアップが実現できていると報告されています。
しかし、心理学的な各種の研究を見ると、内声化を抑えると、読書において複数の概念を関連付けたり、文章全体を把握したりといった点で理解を損なう可能性が指摘されています(MARIA, SLOWIACZEK, & CLIFTON, 1980)。
結論:音読・黙読・視読を戦略的に使おう!
どのような長さ・難易度の文章を、どのような目的・フォーカスで読むのかによって、読み方をコントロールする戦略的な読み方こそが、私たち社会人の読書では効果的だというのが結論になりそうです。
つまり、すべての文章・情報を同じように処理する必要はなく、場合によっては視読でスピードを上げ、また場合によっては音読に近い読み方で丁寧に処理していくような、一種のギアチェンジをしながらの読書です。
時間(Time)、目的(Purpose)、状況(下読みか、理解読みか、確認作業かなどのOccasion)によってフォーカスを設定して理解・記憶とスピード(効率)のバランスをコントロールすることを意識して読んでみましょう。
それこそが、読書の柔軟性(reading flexibility)を発揮するということであり、戦略的な読書というものなのです!
おまけ:音読の効用
基本的に読書で音読を使う必要はほとんどないわけですが、いくつかの特別な目的では音読が非常に有効です。
1.文章の練習をしている場合
セールスコピーライティング、800文字以内のエッセイ(論理的文章を含む)を学んでいる人には、音読をお勧めしています。これは言葉のリズムや響きを体感できるからです。
ただし、音読だけをやっても効果が薄いと考えておりまして、原稿用紙に写経し、段落構成や句読点・接続詞の使い方などを赤ペンで書き込むなどの分析作業、音読+黙読で3回ほど読み返す作業をすることをお勧めしています。
2.お気に入りの思想・思考回路を手に入れたい
1の文章トレーニングと似たテイストですが、「著者の思考回路や哲学を自分のものにしたい。学びを深めたい。」という場合には、何度も読み直す作業とセットで、お気に入りのパートを音読することをお薦めしています。
ゆっくりと、細かい言葉にも注意を払いながら丁寧に読めますので、著者の言葉・哲学がより深くインストールされる感覚を味わえるのでお勧めです。
3.ボケ防止
実は私も毎日5分ほど、読書に取りかかる際の準備運動として音読をしています。
川島隆太先生が様々な著書の中で強調なさっていますが「音読することで、脳が広い範囲で活性化する」ことが分かっているわけです。その効果たるや、軽い痴呆が改善するというレベルです。「痴呆が改善する」というのは、なかなかありえないことらしいのですが、音読ではそれが起こってしまうそうで。
ただし、「何かを学習する」という場合、音読の効果は限定的です。あくまで「準備運動」としておこなうのが理想だと考えられます(川島先生にも、インタビューでお邪魔した際にそのように言われました)。なので、私の場合は、最初に5分ほど、できるだけ俯瞰の視野を保ちながら、流ちょうに読むように心がけています。その後に、20-25分ほど黙読・速読しています。





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