速読というと、「どんな本でも、一瞬で理解して記憶できる」というような魔法のような話を聞いている人も多いかも知れません。でも、冷静に考えれば、3分で読んで98%忘れなかったら、それは特殊能力かサバン症候群ですよね…。
そこまで極端な話を信じる人はいないと思うのですが、「ゆっくり読んでも難しい本を、どうしたら速読できるのか」という問題は、速読技術を活用する上で非常に重要な課題です。そこを読めないようなら、速読は、簡単な本をサクッと読むだけの、暇つぶし専用になってしまいますから…。
実は私が2017年に九州大学大学院の修士課程の入試を受けた時に、面接試験で2人の教授から異口同音に次のような質問(というかツッコミ?)がありました。
「未知の領域の専門書は速読で理解できるのか」
ごもっともなツッコミです。そういう「自分の現在の知識と理解を超えた学び」こそが、私たちが何かを学ぶ上で最重要課題ですし、それがあってこその成長ですから。
そういうわけで、今回は次のような本に対して、どう速読で挑むのか解説してみたいと思います。
- 馴染みの薄いジャンルの本
- 専門的で知性が追いつかない本
- 言葉が読みづらい古典作品
このような、現在の自分の知性が及ばない書籍を読むところにこそ、学びとしての読書の本当の価値があると私は考えています。そして、そういう本を読む時にこそ、本当の意味で速読技術の出番があるはずだとも。
自分の理解を超えた本を読むときこそ、読み手はいっさい外からの助けに頼らず、書かれた文字だけを手がかりに、その本に取り組まなければならない。読み手が積極的に本にはたらきかけて「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手自身を引き上げていくのである。
『本を読む本(How To Read A Book)』(アドラー著)
読書法の古典とも言える『本を読む本(How To Read A Book)』(アドラー著)に記されたこの言葉を一つの目標として、「では、そこに速読技術がどう役に立つか?」を考えてみましょう。
基本1:「本を読んで学ぶ」とはどういう作業か?
1-1.理解の構造(ミクロ-マクロ, テキスト-概念)
まず、基本的なこととして、「本を読んで理解するってどういうこと?」という話を理解していただく必要があります。表面的にいえば、「著者の書いた言葉を、書かれた通りに把握する」という作業ですが、そんなに単純ではありません。
書籍・論文などの読解に関する研究で定番となっているのは、Kintsch氏らが1998年に提示した”Integration-Construction Model”(統合・構築モデル)です。
ざっくり図解すると、こんな感じ。
図の横軸の左側は「読んでいる言葉や表現、文」といった小さな単位の読解。右側は書籍全体の論点・主張・論理構造、それが表現された章立てなどに関する読解。
図の縦軸の下側は、書かれている言葉から得られる理解。上側は言葉に表現されていないことを、類書の読書経験や現場での経験など既有知識から生み出される深い理解、コンセプト(概念)レベルの理解を示します。
学校教育では、この図の左側によった部分を中心に、物語の心情把握など国語というよりは道徳チックな授業が多いのが実情ではないでしょうか。コンセプトレベルの理解を得るには、書かれていないこと、すなわち著者が前提(下敷き)としている社会通念やビジネスの考え方などを理解している必要があります。
この領域は、その人の読んで来た本や、得てきた体験によって変わりますので、「読む」というよりは「処理・編集」と読んだ方がしっくりくるかも知れませんね。
1-2.スキル×ストラテジー
上記の2軸で「理解」というものを考えると、現実的な読書の方法が見えてきます。
まず、私たちは何かを理解しようとする際、すでに持っている語彙力、思考力、分析力を総動員します。これが「読書スキル」です。
このスキルを越えた理解を得ようとする際には、何らか戦略(ストラテジー)を活用して読み解いていくことになります。
例えば、次のような難解な文(長いのですが一文です)があった場合、あなたならどう読むでしょうか?
したがって、筆者がここに提出する、日本の諸社会集団にみられる諸現象から抽出された構造の理論的当否は、その論理的一貫性(logical consistency)ばかりでなく、実際の日本社会に見られる諸現象、日本人のもつさまざまな行動様式、考え方、価値観などに対する妥当性・有効性(Validity)の存否によってもテストされうるのである。
『タテ社会の人間関係』(中根千枝著)前書きより
まず語彙の問題。
- 論理的当否
- 論理的一貫性
- 妥当性
- 有効性
例えばこういった難しめの用語が一読して分からなかったとしても、読んでいるうちに文脈で予測可能なものもあるでしょう。しかし、もしそれでも分からない言葉があれば、ちゃんと分からないことを認識した上で調べる必要があります。
恐らくは、読書経験値が上がれば上がるほど、こういう分からない言葉に対する反応が高くなります。読書力が低い人は、なんとなく雰囲気で流しがちですので、分からないことに気づかないものです。
語彙を調べるということ以外にも、
- 主語・述語・修飾語の関係を色ペンで視覚的に整理する。
- 並列されているものを傍線などで可視化する。
といった作業をおこなうこともあるでしょうか。
こういった「自分のスキル不足を補うために、意図的に利用する手法」を読書ストラテジーと呼び、このストラテジーを有効活用できる人ほど読書力が高くなるものです。
1-3.戦略的読書アルゴリズム
私たちが持っている読書についての一番の勘違いは「本は一度でしっかり理解するもの」と(無意識に)とらえてしまっていることです。そして同時に「一度読んだら、十分に理解できたか否かに関わらず、二度と読むことがない」ということ。
しかし、
- 一度読んだだけでは、ミクロの理解とマクロ構造の把握がリンクするような理解は得られない。
- 一度読んで理解できたからといって、記憶に残るわけではない。
この2つは自明であり、マクロの理解を手に入れ、書籍全体の理解と記憶を強固なものにするためには、もう少し大きな戦略が必要になるのです。
そして、そのために登場するのが戦略的読書アルゴリズムと呼ばれる“重ね読み戦略”です。学習の理論に則って、反復して読んでいこうというものです。
学習はおよそ次のようなUの文字を描いて成立するものと考えられ、読書を通じた未知のジャンルの学習も、この道筋で進めていくことが必要なのです。
1-3-A)Uプロセス学習理論の考え方
細かい説明は省略しますが、学習は4つのフェーズでなりたっており、このプロセスをなぞっていくことで、効率的かつ効果的な学習が可能になります。
下のイラストは、九九の学習と、野球のバッティングの練習の流れを4つのフェーズで示しています。完全にこの流れで進むわけではなく、行きつ戻りつするわけですが、大きな流れとしてはこのUに沿って進行します。
1-3-B)Uプロセス学習理論に基づく読書アルゴリズム
この学習プロセスに基づいて読むことで、読書の理解をミクロ・マクロのバランスが取れた、深い理解にしようというのが、戦略的読書アルゴリズムです。
最初に「下読み(preview)」をおこなうことで、全体の流れやポイントを確認し、この本をどう読んでいけばいいのかを理解します。
その上で「この本をどう読むか?」という問い(Question)を明確にして、内容を理解するための読書に移ります(Read)。このReadのフェーズは、一度でしっかりと理解することを目指さず何段階かに分けることで、心理的な負荷を下げ、理解を確かなものにしつつ、学習のペースを上げることが可能になります。
最後に「まとめ(summarize)」を置いていますが、Readの後、しばらく時間を空けて(数時間から数日)、内容を想起しつつメモ書き程度に書き出してから、ざっと読みおなすと学習効果が高まり、記憶への定着が良くなることが分かっています。
なお、ここで紹介したPQRSストラテジーは、アメリカなどの諸外国では「読書ストラテジー」「学習ストラテジー」として非常にポピュラーです。
基本2.馴染みの薄いジャンルの本を読む難しさ
ここまでの話を踏まえて、馴染みの薄いジャンルの本や専門書を読むときの難しさについて見ておきましょう。
2-1.語彙や思考のフレームなど「スキーマ」が弱い
スキーマというのは、認知心理学の用語で「認知の枠組み」などと説明されます。簡単に言えば長期記憶として保存されている情報のまとまりであり、何かを理解する時に照合されます。このスキーマがあることで、情報をスムーズに(瞬時に)処理することが可能になるのです。
逆にこのスキーマがないジャンルやレベルの書籍ですと、一読しただけで自分の体験や知識がぱっと広がるジャンルと違い、言葉が分からなかったり、言葉が理解できたとしてもイメージがわかなかったり、様々な問題が発生します。
読んで分からない言葉が続くと、なかなかページ数が進まず、モチベーションが下がります。
2-2.ミクロの読解に注力するあまりマクロがまったく見えない
難しい言葉と格闘すると、どうしてもフォーカスが「言葉のつながり」に向かってしまいます。しかも、そこが上手く流れず、同じ場所を何度も読んでいるうちに「今、何を読んでたんだっけ?」となることすらあります。
ミクロもうまくとれず、マクロは完全に視野から消えていく…となると、読書の理解としては散々な状態に。これもモチベーションを下げる大きな原因になりそうです。
2-3.背景知識がないために表面的な理解に終わりがち
背景知識がないと何が起こるかというと、言葉として表面的に理解できたとしても「腑に落ちない」という状態になりがちです。
背景知識は学びたいことについての体験やたくさんの書籍を通じた知識の量から得られるもの。類書や基本書あるいは、関連書籍までどんどん読んでいくことができれば、徐々に未知の概念に輪郭が生まれ、表面的の言葉の理解を超えたイメージが作られていきます。語彙も自然と確かなものになり、量も増えていくものです。
背景知識が乏しいから1冊に苦労し、だから背景知識が乏しく・・・というマイナスのスパイラルが発生しがちです。
基本3.「速読」とはどういう読み方なのか?
では、ここから本命の速読に関するお話です。
ただし、あくまでフォーカス・リーディングという私が開発した速読スキルの話ですので、他の速読で同じことができるかどうかは不明です。
3-1.速読というものの正体
速読というのは、基本的に次の式であらわすことができます。
速読=スキーマ×眼・集中力のコントロール力×フォーカス
この中の3つの要素について、詳しく見てみましょう。
3-1-A)スキーマ(読書にまつわるデータベース)
先ほど出てきた言葉です。
テキストに沿った理解にせよ推論・類推にせよ、前提知識の多さによって、速さも変わりますし、ある一定のスピードで読んだ時の理解の深さも変わります。
このスキーマには、次の2種類があります。
- 1.本を読んだ「言語処理」、「文脈理解」の経験値
- 2.その領域に関する知識や体験、社会構造などに関する理解
1については、基本1で説明したことなので省略。
2については、例えば、
太郎は、ちょっと知りたいことがあったので、ポケットから携帯電話を取りだした。
こんな文があったとします。──これを“何でもないと思えた”ことこそがスキーマなのです。つまり、携帯電話というものを知っているということだったり、インターネットに接続して調べるんだろうなぁという推論ができているということなんですね。(昭和からタイムスリップしてきた人が読んだら「???」となるはずですね。)
この前提知識の有無が、理解の深さや広がりを大きく決めそうだ、ということはご理解いただけるでしょうか。
3-1-B)眼(視点・視野)・集中力のコントロール
ここでは論点から少々ずれますので割愛します。ひとことでいうと、集中力を高めることであったり、視野をコントロールするスキルのことですね。
3-1-C)フォーカス
速読技術のレベル如何に関わらず、最終的な読むスピードはフォーカスで決まります。
- どこまで細かなロジックやレトリック、あるいは深さに意識を向けるのか?
- 事例を知りたいのか、ロジックや原理を知りたいのか?
①:あまり細かなことに意識を向けすぎると、当然スピードが落ちます。哲学書を読む作業を想像したら分かると思いますが、「理解する」を越えて著者と対話をすることで深みを取りに行けば、スピードは限りなくゼロに近づきます。逆に概要把握にフォーカスし「流れ」に意識を向けると、スピードが上がります。当然ですね。
②:より明確なフォーカス(知りたいこと)が設定できると、当然それ以外の部分をさらっと流せる訳なのでスピードが上がります。
速読でなじみのないジャンルをどう読めばいいのか?
前提を確認したところで、ようやく本論です。
上の式でいう「スキーマ」が乏しいわけですので、活用の幅は狭まりますよね。当然。
ただ、ここまで確認してきた基本の考え方をいくつか組み合わせて考えることで、馴染みの薄いジャンルの本でも、速読を十分に活用することが可能です。というよりむしろ、速読技術なしで、どうやってそういった本にチャレンジするんだ?とすら思えます。
なので、論点は「速読できるのか?」ではなく、「速読をどう活用して、未知のジャンルに挑むか?」となります…。
1.Preview(下読み+下調べ)をおこなう
Uプロセス学習理論の左上のフェーズ。
ここでは、あくまでこれからの学習の下地、前提を整える程度に読むのが理想です。どのような読み方をするにせよ、速読技術を使いこなすことで、非常に楽に、短時間で済ませることが可能になります。
1-A)入門書、基本書を速読で重ね読み
知らない概念であっても、「知らない人のために、分かりやすく解説してある」という前提があれば、それは速読の対象になりえます。
そのジャンルについて解説してある入門書などを、できれば数冊手に入れて読み、概念や論の構造、キータームなどをつかむのが、もっとも正しい速読の活用法でしょう。
ビジネス系であれば、読みやすい単行本や漫画を、事例集がわりに読んでもいいでしょうか。
1-B)軽く眺めて、雰囲気をつかむための下読み
母国語で書かれているという以上に、中身に関する情報を持ち合わせていない場合で、しかも挑む本がヘビーな専門書の場合はこれをやりましょう。
私の場合、2011年に読んだ『U理論』がそうでした。
U理論が何の理論かも知らず、ベースとなる概念、予備知識もまったく持ち合わせていない状態で、文字がぎっしりの540ページある大著を読んだのですが、下読みを2回に分けておこなっています。
- 第一読は15-20分程度で、どんな言葉、どんな図が使われているかというレベルで雰囲気をつかみました。
- 第二読は1ページ6秒ペースで、4−5回に分けて淡々と読み進めました。必要以上に分かろうとせず、分かるところは入って来るし、分からないところは気にしない、というスタンス。時々、分かりやすい事例が書かれていたら、丁寧に読み込んでみることも。
この2回で何が分かったかというと、
- こりゃ、えらく大変な本だなということ
- 社会変革におけるものの見方、考え方、そしてリーダーシップについて語っている本だということ
- やはり読む価値がありそうだということ
この3つでした。強いて言えば、「2回、目を通した」という安心感も手に入った、というところでしょうか。
実際、専門書を読む場合には、下読みを2回に分けることをお勧めします。
- 下読み1:ざっと大枠とテーマ、ポイントを確認するつもりで理解度20%で流す。
- 下読み2:理解度50%のつもりで「論の展開」「ロジックの構成」をとらえる。
これくらい入念に下読みをしておくと、理解読みが非常に楽になるものです。
2.Read(理解読み)をおこなう
下読みでどのくらいの理解が手に入ったかにもよりますが、理解読みの段階でも、最初からじっくりと読んで分かろうとするのは危険です。
時間がかかりすぎると、書籍のストーリーやロジックの展開がつながらず、理解が深まりません。
どのような学習であれ、端っこからジグソーパズルを作るようなやり方は避けるべきです。
トレーシングペーパーにラフな絵を薄く描き、その上に、分かるところを濃く描きながら、何枚も重ねながら重厚で強固な絵を完成させるような方法を採用しましょう。
ですから理解読みですら、3回以上の重ね読みにしてしまい、1回ごとの負荷を減らし、スピーディーに読んでいけるようにしたいところです。
- 理解読み1:難しいロジック、式、複雑なエピソードなど処理に時間とエネルギーを奪われそうな箇所に付箋を貼り、軽く流していきましょう。全体の理解度を70%目標で読むとつらくならず、淡々と読んでいけるはずです。
- 理解読み2:付箋を貼った部分を丁寧に読みつつ、それ以外は流れの確認と思って読む。全体の理解度は85%目標。
- 理解読み3:理解読み1-2の理解を踏まえて、全体を十分に理解しながら通読します。理解度の目標は95%。
このような読み方であれば、ちょっとした時間に「よし、やろう!」と思えるものです。そして、速読技術があればこそ、「何度でも読もう」と思えるのも真実なのです。
3.振り返りをおこなう
理解読みまで終わったら、しばらく時間をおいて想起作業をしてみましょう。
何も見ずに、思い出せる限りのことを、白紙に書き出していくのです。その上で、全体を速読で流していきます。すでに理解読みで十分に理解ができており、さらに思い出せないことの確認作業までできています。最後の振り返り作業は驚くほど楽に、スピーディーに読んでいけるはずです。
結論!難解な書籍こそ、速読技術を活用すべし!
ここまでの説明で十分に理解していただけたかとは思いますが、速読で驚くほど速く読めて、理解も記憶もバッチリ!などという夢のような話ではありません。ですが、
専門書でも、馴染みの薄いジャンルの本でも、速読と読書戦略をセットで読むべき!
と断言していいでしょう。
その際のポイントを整理すると…。
- 一度で分かろうとしない。強く分かろうとしない。ストレスなく、気楽に読んでいけるのが一番。
- 気楽に活字(書籍)と戯れて、「まぁ分かる(かも?)」を何層も重ねる。
- 戦略的に何度も重ねて読み、「読んだ疲れ」による満足感ではなく、「十分な理解が手に入った」という満足感を目指す。
というところでしょうか。
ぜひ、専門領域の学習や、馴染みの薄いジャンルへの挑戦にこそ、速読技術を活用しましょう!