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編集型読書の鍵は「読書メモ」の取り扱いにあった…!

AI時代の読書は、これまでの読書とはまったく次元の違うレベルで考える必要がある。
そのことについては、これまでに何度か書いてきたことなので省略するが、簡単に言ってしまえば「情報を漫然と知ることで満足してはダメ」ということ。常に自分自身の知性をアップグレードしていくような意識が必要になる。

そのような読書を「編集型読書」と読んだわけだ。
少し堅苦しい表現になるが、ざっくりいうとこういう読書だ。

編集型読書とは、テキストの理解と思考の往復運動を通じて、テキストだけでなく自己の思考回路そのものを再帰的に編集・再構成していく読書の方法である。

目次

従来型の読書メモの役割

これまでも読書メモには重要な意味があった。

コーネルノートの価値

コーネルノートをつけることで、書籍の全体像(マクロ構造)や論点、章ごとの論点と論旨などを整理することができた。例えば、こんなノートだ。

ノートを作るプロセスを通じて、頭の中を整理する感覚が身につくのが、このノートの大きなメリットだ。
これはAI時代でも絶対的に不可欠な読書メモだと考えていい。

発信・思考の整理のためのノート

コーネルノートは「本の理解の質を高める」ことに意味がある。
これに対して、書籍から学んだことを独自の軸で整理し直したり、発信のためアイデア整理をしたりといった役割を持たせたノートもある。

外山滋比古氏が提唱する「メタノート」がそれだ。
書籍の内容を整理するのではなく、その本を読むことで考えたこと、思いついたことを自由に書き留めていくタイプのメモだ。この場合、メモは常に手元に持ち歩き、ことある毎に開いて書き足したり、思索を練り直したりすることで更新し続ける必要がある。

鈴木謙介著『SQ』を読んで
田崎真也著『言葉にして伝える技術』を読んで

これもAI時代にもとても重要な意味があることは間違いない。
いずれにせよ、自分の理解や思索を言葉として外化することで、ヌケモレを確認したり、言語化することで整理したり、そこから発想を展開したりするためのものだ。

手書きのメモの限界

このようなメモはある意味で、外部記憶装置であり、外部ワーキングメモリとして機能する。マクルーハンの言葉を借りるなら人間の身体および心理の働きを延長する「メディア」だ。
ただ、その意味は大きいものの、膨大な読書経験を言語化し、整理・体系化しようとすれば、日々すべてに目を通し、手作業による更新作業を反復しなければならず、アイデアとして参考にはなるが実践は難しい…というシロモノだった。

新しい読書メモの意味

手書きのメモ(ノート)スタンドアローン型であり、それを自分の知性の一部として更新・アップグレードし続けるにはたゆまぬ努力が求められたわけだ。
それに対して、読書メモを何らか「思考/感情の断片」として言語化してデジタル化することで、その情報は大きなエコシステムの一部として組み込まれることになる。

出典と著者の言葉、そしてそれに対する自分の感想や解釈をAIに理解させることで、それは単なる「読書メモ」でなくなるのだ。断片的な言葉であれ、あなたの思考と感情を表現した言葉は、読書メモ相互にリンクし合い、場合によっては自分にとって未知の情報と結びつき合って、未来の自分の思考に影響を与え得る情報資源へと変換される。

世界中の情報を知り尽くし、あなたのビジネスや日頃の思考回路をよく知るAIが思考のコーチとして、その作業を担ってくれるわけだ。

AIはそこでは一種の記憶と思考を拡張するメディアとしての役割を演じることになる。
それだけじゃない。フロイトが「不思議のメモ帳」として構想した外部記憶装置の高度化されたものと考えることも可能であり、さらに言えば潜在意識領域の一部を外部化し、その働きを増幅するメディアとしての役割も持っている。

メモを思考の一部として再編入させる

あなたのメモをきっかけに、AI上で生成・展開された思考は、その出発点にあなたの問いや読書経験が含まれていたとしても、そのままではあなた自身の思考として内面化されているとは言い難い。
処理と生成のプロセスが自我の外部で生じている限り、それは「自分の思考を核(原型)に持つ外部の思考」にとどまり、他者から与えられた思考や情報と本質的な差はない。

AIによる潜在的な思考展開が、将来的に自分の認知構造の一部として統合されるためには、あなた自身が積極的にAIと語らい、自らの脳で練った疑問や仮説、違和感を投げかけ続け、あなたの思考の一部として完全につかいこなせる状態まで引き上げる必要がある。

そのために重要なのは、AIによって生成・展開された思考を再び自分の内面に取り込み直すプロセスを採用することだ。そのやりとりをあえて印刷し、紙面上で精読しながらアンダーラインや書き込みなどのアノテーションを施すのだ。
画面上で眺めているだけだと、どうしても「AIの思考」を“なんとなくそのまま”受け入れてしまいやすいのだが、紙に印刷してペンで書き込むことで批判的な思考回路が立ち上がり、いったん自分の身体を通して「自分の思考」として引き取り直すことができる

そのような学習プロセスを通じて、自らの内面に編み込まれた知として再構成される。この再取り込みのプロセスを意識的に設計することこそ、AI時代の「編集型読書」にとって中核的な課題の一つであり、「AIを用いた読書」が一時的な情報処理と自己満足で終わるのか、それとも知性獲得・思考発展のプロセスへと昇華するのかを分ける決定的な分岐点となる。

編集型読書に挑もう!

編集型読書とは、テキストの理解と思考の往復運動を通じて、テキストだけでなく自己の思考回路そのものを再帰的に編集・再構成していく読書の方法である。

冒頭で書いたこの編集型読書の定義にあるとおり、読書を通じて思考し、思考をAIと共に発展させ、それを再び自分の思考の一部に組み込むべく読書に励み、、、という円環的な反復作業だ。

このときAIは、あなたが行う編集作業を構造化し、盲点を指摘し、新たな構成案や表現案を提案するという意味で、「名編集者」あるいは「名プロデューサー」として機能しうる。ただし、最終的な判断と選択の責任はあなた自身に残されており、AIはあなたの思考者・読者としての主体性を代替するのではなく、むしろそれを増幅するための編集的メディアとして位置付けられなければならない。

AIは思考のプラットフォームになる!

ここまでの議論から、AIは「思考のプラットフォーム」として機能しうるのではないか、という仮説が浮かび上がってくる。私たちが過去に触れてきた情報も、まだ触れていない情報も、自らの意識と意思が象徴化・言語化された「言葉」、すなわちメモを中心にしてAI上で統合されていく。

意識のシンボルとしての言葉をできる限り精密に記述し、伝えたいイメージの解像度を高めようとするほど、自分の思考は、「あなたらしさ」というアナログなニュアンスを保ちながらも整理されたかたちでプラットフォーム上に記録されていく。その記録は、あなた自身が意識しないところで外部の膨大な情報と結び付き、新たなコンテクストと表現として再び自分の前に立ち現れる。

AIを「思考の壁打ち相手」として採用することは、このプラットフォームの基底に、自分のアバターの輪郭を描き出していく作業に似ていると言えるだろう。解像度の低い情報から生成されたアバターは、しばしば違和感をもたらすが、ときに「まさに自分が言いたかったことだ!」と感じさせる像に偶然出会うこともある。

言葉を尽くしてやりとりしていくうちに、AIの内部には「自分の思考の写像」とでもいうべきものが徐々に形成されていく。編集型読書というのは、著者の思考回路や言葉を借りて、そのAIの中に浮かび上がるあなたのアバターを育てる作業でもある。

アバターがあなたを堕落させる?

注意すべきは、私たちがそのアバターに満足してしまうと、現実の自分がアバターに歩み寄るようにして、思考を省略してしまう事態に陥りかねないことだ。Google検索が現実世界ではなく、その写像であるデータ空間の探索によって「わかったつもり」を生むのと同様に、実際には十分な思考プロセスを経ていないにもかかわらず、「自分が考えたかったことに見える答え」をアバターから引き出して満足してしまう危険性だ。

私たちがAIから得ているのは、多くの場合、(ブラックボックス化された)思考の結果でしかなく、「たまたま、その思考の結果に出会った」に過ぎないかも知れないのだ。それは思考そのもののプロセスでも努力でもない。AIという思考エミュレーターに依存することで、自ら思考するノウハウを徐々に手放してしまうおそれがある。

元々思考の次元を引き上げるためにAIを使い始めたはずなのに、そのAIによって思考を停止させてしまうのは、何とも本末転倒な皮肉だ。

認知のエコシステムを意識しよう!

私たち自身がこのプラットフォームとの関わり方を意識的にコントロールしていく意識が不可欠だ。
それは安易に堕落する問題だけでなく、注意力や認知資源の配分に失敗して、思考力・集中力といった認知資源を枯渇させることも問題になる。こういった認知のエコシステム全体から生み出されるアウトプットの質と資源配分を継続的にモニタリングしていく必要がある。

あなたがその一部である認知のエコシステムの自律的な成長力や回復力を度外視して、短期的な成長と成果だけを追い求めるなら、やがてそのプラットフォームは、自分のアバターに似た「誰かからの借り物の思考」や、個性の乏しい一流風の言説で埋め尽くされてしまうかもしれない。
あくまであなたが考えたこと、感じたことをシステム全体の栄養として注入することで、このエコシステム、プラットフォームは健全に成長していくのだ。

最後に、ちょっと試してみよう!

例えば、この1週間であなたが読んだ本…があるはずだ。
その本について、AIに渡すメモ作りということで次の5つだけを書き出してみて欲しい。

  • 今日読んだ範囲の「一文サマリー」
  • 著者が一番強く言いたそうなこと(とその根拠)
  • 自分が「この言葉は、自分の言葉で自分のお客さんに伝えたい!」と思ったこと(とその根拠)
  • 自分が感じた違和感・モヤモヤ(なぜ?と思った箇所)
  • 「AIに聞いてみたい(確認しておきたい)こと」を1つ

これをAIに渡して、「要約のチェック」「論点整理」「別の見方の提案」をお願いし、その出力を印刷してアンダーラインと書き込みをしながら読み直す(そして、それをさらにAIに渡す!)──ここまでを1セットにするだけで、編集型読書の循環が立ち上がる。

あとはこれを日々繰り返すだけだ。

【次回予告】メモの重要性が分かったところで、「編集型読書」におけるアノテーションの仕方を具体的に説明したいと思う。乞うご期待!

大前提は科学的な読書法のマスター!

そのためにも、まずは価値の高い科学的な読書法をマスターしよう。
読んだ対象を正統に分析・批判するためには、少なくとも著者の語る言葉を、ミクロ・マクロ両方の文脈から適切に理解することが大前提だからだ。
それを抜きにして、単発的な言葉に反応して、感情レベルのコメントを添えるだけでは、ニコニコ動画の飛び交う感情的コメントと同じ意味しか持ち得ないと理解しておこう。

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