最近、リスキリングやリカレント教育など、社会人の学び直しが注目されてきています。
クラウド上の教材、とりわけ映像教材を活用した学習教材のお陰で学びやすいのだそうですよ。
でも、それって本当に効果が上がっているんですかね?
もちろん、現場でのマナーとか作業手順とか、そういうレベルの学びを動画で手軽にっていう話は理解できます。
しかし、専門的な内容を学ぶためには、その専門的な内容を支えるための学問的な用語を含む豊富な語彙と知識、そして論理的な理解力が求められるはずなのですよ。
そういう前提があるのかどうか気になります。
前提がある人は恐らく読書に慣れた人でしょうから、実は動画に頼らなくても書籍+実践で学んでしまえます。読書家の皆様は「動画はめんどくさい」「動画は深く学べない」と語る人も多いものです。
前提がない人、つまり元々読書が苦手で本から学べない人の多くが動画を頼りにすることになるわけです。しかし、本を読まない人は高度なことが学べない可能性が高いわけで…結局、表面的なことや、簡単な作業レベルしか学べないということになってしまいます。
豊富な動画教材でキャリアアップするぞ!
…とお考えであれば、その大前提として、読書への苦手意識を払拭して、知識の受け皿を大きくしておくべきかも知れません。
読書の苦手意識はどこから来るのか?
読書の苦手意識は、大学生の不読率を見てもかなり多くの人が抱えている問題であることが想像できます。
「苦手意識」とまでいかなくても「面倒くさい」「時間が足りない」と感じてしまい、あまり積極的に手を伸ばせないような状態は、ことスマホにどっぷりはまった人にありがちなのではないでしょうか。
この問題の背後には、読書に対する誤解や先入観があることが研究で明らかにされており、Krashen, S. (2004) “The Power of Reading: Insights from the Research”(Libraries Unlimited)では、読書の苦手意識が、読書の目的の不明確さや、読書の技術的な困難さから生じることが示されています。
また、読書の苦手意識と自己効力感の関連についての研究も存在し、自己効力感が低い人ほど読書に対する抵抗感を持つ傾向があることが報告されています(Bandura, A. (1997) “Self-efficacy: The exercise of control”)。
読書の苦手意識は、読書力不足から来るだけでなく、スマホ依存や過剰な労働など社会的文脈、あるいは心理的な問題など、様々な要因が絡んでいるわけです。
スキル不足から来る苦手意識
様々な要因がからむとはいえ、やはり問題になるのは「読書力(読書スキル)不足」です。
フォーカス・リーディング(FR)講座に参加なさった、とある男性は「実は子どもの頃から読書が苦手で、ほとんど本を読んだことがない」と(講座が終わって、3ヶ月ぐらい経過して)語ってくださいました。
この方の場合、相談に乗っている中で「ディスレクシアっぽいな」と思い当たり、専門的なサイトの診断テストを受けていただいたところビンゴ。脳の活字処理が普通の人と違っていたようで、その後は専門サイトに紹介されている事例やウェブで見つけた体験談に基づいて、FRとはまったく違うトレーニングに取り組んでいただくことになりました。
また別の女性は同じように「子どもの頃から苦手で…」とのことでしたが、FR講座を受けて簡単な本であれば1時間もかからずに読めるようになり、週1冊の読書を習慣化することができ、仕事上の活字の処理のストレスも大幅に減って助かっているそうです。
本を読むのが遅く、さらに読んだ内容の整理ができず(理解がごちゃごちゃになって)読書に対する自信が持てないという方は一定数いらっしゃるようで、Stanovich, K. E. (2000) “Progress in Understanding Reading: Scientific Foundations and New Frontiers”によれば、読書の技術的な困難さが、読書の苦手意識を生じさせる主な要因なのだそうです。
自己効力感の欠如から来る苦手意識
「自分にはできる!」という確信、自己効力感(自分自身の能力に対する信頼感)の低さも苦手意識の原因とされています。
自己効力感が低くなる原因は、一つには「うまくやれた体験がない(少ない)」ということが大きいのですが、それ以外にも教師や友人あるいは家族からの「お前、ダメだな」というような否定的なフィードバック、他者と比較されて傷ついた経験なども原因になりえます。
本当にできないわけではなく、単に自信が持てないだけなのですが、「本を読まなければ」「本を読みたい」という気持ちに対して「どうせ無理」とか「時間がかかるし、理解できないかも」というネガティブな未来予測が働き、行動に移せないってことになります。
Bandura, A. (1997) “Self-efficacy: The exercise of control”によれば自己効力感が低い人ほど、新しい挑戦に対して消極的になり、失敗を恐れる傾向があることが示されています。この理論は、読書に対する苦手意識にも当てはまり、自己効力感を高めることが、読書の苦手意識を克服する鍵だと考えて間違いありません。
どうしたら苦手意識を払拭できるか?
自己効力感を高める
自己効力感を高めるためには、「効果的なやり方」であるストラテジー(戦略)を学ぶことが効果的とされています(Guthrie, J. T., Wigfield, A., Barbosa, P., Perencevich, K. C., Taboada, A., Davis, M. H., Nicole & Tonks, S. (2004) “Increasing reading comprehension and engagement through concept-oriented reading instruction”)。ストラテジーを学ぶことで、今までならうまくできない…と思っていたものが「あれ? 意外とできちゃうじゃん!」という気持ちに変わります。そういう成功体験を積み重ねていくわけです。
FR講座を受講した、ある女子大学生は、年間0冊か、せいぜい1,2冊程度だった読書量が、翌年から100冊を越える量を読むようになったと言います。
これまでは読書って時間もかかるし面倒くさいと思っていましたが、今ではちょっとした時間にスマホの代わりに本を取り出して読むようになっています!
こちらのグラフはFR講座を受ける前後で読書量がどのように変化したのか、4ヶ月ほどの期間を経て調査したものです。年間100冊を越える学生さんが版数を超えていることが分かります。(その一方で「相変わらずゼロ」という学生さんもいらっしゃいますが!)
読書ストラテジーと速読スキルを学ぶことは、読書の苦手意識を克服し、自己効力感を高めるための重要なステップなんですね。
速読スキルのいいところは「読書には時間がかかる」というネガティブな意識が払拭されること。そして、速読トレーニングを通じて自由自在な読み方をマスターすることで理解力も向上し、まさに自己効力感がアップすることです。
「速読を学ぶこと自体がハードル高すぎる」と思うのであれば、最初は「5分間、集中して(落ち着いて)読もう」
というくらいから読書に慣れていきましょう。
そして、実行できたら即「記録」すること。手帳に「5分、集中読書!」みたいに。
ついでに、読んだ内容を振り返って、ヒトコト、学んだこととか、実践しようと思ったことをメモしておくのもお勧めです。
これは即時強化の原則という心理テクニックで、モチベーションアップの効果が期待できます。
「自己効力感」の重要性
自己効力感は、読書の苦手意識を克服する上で非常に重要な要素です。Bandura (1977)でも、個人の学習や挑戦に対する積極性を高める要因として指摘されていますし、Schunk, D. H. (1991) “Self-efficacy and academic motivation”では自己効力感が高まることで、読書に対する興味や楽しみが増し、読書の技術も向上するとされています。
問題があるとしたら、適切なストラテジーを学ぶこと、可能なら支援を受けながら取り組むことが必要とされるということでしょうか。そのようなコストを「未来を豊かにする自己投資」として受け容れられるか、どこまでなら投資できるかということですね。
読書スキルの低さを克服する
読書スキルの不足は、時間をかけて克服するしかありません。そして、それは「読書が苦痛」にならないように配慮しなければうまくいきません。
そういう意味では、興味の持てる本を用意して、「読書は楽しい」という体験とセットで、活字に親しむことが何より重要です。お勧めは、文字が少なめの自己啓発書か、難し過ぎず、簡単過ぎず…という小説です。
活字に慣れて来たら、知的な面で刺激をもらえる(学ぶ喜びを感じられる)新書(講談社現代新書、ちくま新書、光文社新書あたり)に手を伸ばしたいところです。
毎日少しずつ読み、一章ずつ3回くらい読み直して、理解を整理しながら「ちょっと小難しい内容に脳みそを慣れさせていく」方法が有効です。難しい本を何度も読み返しながら、理解を整理していくという方法は、読書教育研究でも「読書力そのものを高める」効果があるとされています。
それでも「一人で読み進めるのは心が折れそう」と感じるようであれば、読書会に参加して“仲間と一緒”というパワーを利用するのもお勧めです。(^^)
読書を楽しむ未来へ
読書の苦手意識を克服し、読書が楽しめるようになるというのは、単に「本が読めるようになる」ということではありません。
自己効力感が高まり、人生そのものにポジティブに挑戦していけるようになるということでもあります。
読書が単なる暇つぶし、あるいは情報収集としての手段から、知識の深化・構造化、感受性の豊かさ、人生の質の向上につながる、そんな価値のある営みになるのです。しかも、難しい話を処理できるリテラシーまで手に入るわけですから、冒頭で書いたように高度なリスキリングやリカレント教育を可能にしてくれます。
まさに、人生の選択肢を増やし、サバイバル能力を高める手段ってわけですね!
今の時代、動画も音声教材も豊富に選べますし、zoomセミナーも様々に開催されています。
しかし、その前提としての知性の受け皿を読書によって創っていくことは、間違いなく「割に合う」投資ですし、何よりも先に取り組むべき課題といっていいでしょう。
これは会社組織や大学教育にとってもメリットのある話ですし、学生や社員が本を読むかどうかは、本を読みたくなる、本を読まざるを得ない文化を創り出せるかどうかにかかっています。
大学生が本を読まないのは、大学の先生たちの指導のあり方に問題があることも指摘されています!
⇒Berry, T., Cook, L., Hill, N., & Stevens, K. (2010) “An exploratory analysis of textbook usage and study habits: Misperceptions and barriers to success”
読書を楽しみながら苦手意識を乗り越え、仲間たちと共に学び、成長し、仕事や人生を楽しんでいけるような新しい道を選んでいきたいものです!