「能力の幻想」を打ち払うために、積極的に自分を試そう!

この一週間、International Literacy Associationの年次カンファレンスに参加するためにアメリカ・ルイジアナ州のNew Orleansに来ています(今から帰りますが)。

 
とにかく刺激にあふれる一週間でした。
そして、うちのめされる一週間でした。
 
なんだろう。自分が必死になって試行錯誤して手に入れようとしていた以上のものが、ここにはありました。
 
なんというか、すごい衝撃。(苦笑)
 
日本に学術的な研究に裏付けられ、体系立てられた読書教育、読書指導がないものですから、海外の文献を必死になって漁り、読みながら「では、日本では何ができるか」を考えてきたわけです。この数年。
 
ですが、恐らく私がやろうとしていたことは、すでにアメリカでは当たり前で、しかも遙かにその先を行ってるわけですよ。
なんたる衝撃。
 
井の中の蛙が青い空を見上げながら気勢を上げていただけだった…そんな気分です。
そして、来年中に、国際学会に大学生の読書指導に関する論文を投稿しよう、学会発表できるようにしようと考えていたのですが、そういうわけで世界的に見れば私のやっていることなんざ、屁みたいなものでしかないわけです。
 
いやはや、このタイミングでそれが知れたのは良かった。
 
今から自分の研究の方向を軌道修正しつつ、アメリカの読書教育から吸収できることを徹底的に吸収しつつ、自分ならではのテーマを見つけていかなければと決意を新たにしたところです。
 
ちなみに、タイトルに「能力の幻想」という言葉を使いました。これは何かに一生懸命に取り組んでいくと「お、意外とできるようになった!」と思えるようになる、そんな「できるようになった気分」を示す言葉。
 
本を読んで「お、分かる!」「それ、知ってる!」みたいに爽快感を覚えるのもそうかも知れません。
 
でも、それが本当に血肉になっているのか、使いこなせるレベルの知識や技能になっているのかは、現実の世界でテストしてみないと分かりません。
 
教科書を読んで「分かるーっ!」と思っていたけど、いざテストを受けてみたら散々だった、みたいなことはよくあるわけで。
 
これを「Illusion of Competence(能力の幻想)」と呼びます。
 
自分の読書は「本当に読めている」のかどうか、問いを突きつけられないと分かりません。
 
自分の速読技術が本当に役に立っているのかどうかは、本当に自分が読みたい、読むべきと思う本に挑んでみないと分かりません。もちろん出力につながるものかどうかも試さないと。
 
ある意味で、そういう当たり前のことに、このタイミングで衝撃を受けた、と。
 
この後、20時間ほどかけて日本に移動しますが、明日からのビジネスと日常生活の密度を変えていかなければと固く心に誓ったのでありました。
 
あ、そうだ。
 
余談ですが、この数ヶ月、それなりにリスニングのトレーニングをしておりましたが、「こりゃだめだ」状態でした。
が、こちらに来て毎日8時間とか英語を聞き続けると、4日目には頭が順応して参りました。意外と、講師の先生がしゃべっている話が聞き取れるものです。徹底的に英語漬けになるって、大事ですね。
 
ただ、カフェやレストランでの会話は全然耳に入ってきません。どんな単語が使われているかが想像できないんですね。
つまり、カンファレンスでの先生の話は、ある意味でテーマがはっきりしていてトップダウンで聴けてしまっていたわけです。
でも、カフェなどの会話はそもそも相手が何を伝えようとしているのかが分からない(全然分からないわけではないのですが、どういう単語や表現が使われるのかが分からない)ので、「Pardon?」ってなる。しかも、相手の言葉が訛っていたりすると、もうダメ…
 
というわけで、来年のカンファレンス、あるいは来たるべき学会発表に備えて、会話のトレーニングにも取り組んでいこうと思いました。これも「現場で試して分かったこと」でしょうか。
 
ということで、今後も皆様のお役に立てる記事をお届けしていきたいと思いますので、引き続きお付き合いいただければ幸いです!

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