僕らはなぜ学ぶのだろうか?

戦前に出版され、未だに読み継がれている名著中の名著。
 
『君たちはどう生きるか』
『君たちはどう生きるか』

ある意味で自己啓発の王道。かつ、それを超えた…

素朴で、何の奇をてらったところもない作品。
 
物語形式ということもあり、自然体で楽しむことができます。
 
それでいて、主人公の振るまいや思索に我が身を重ね合わせつつ読むことで、「よく生きる」ということについて哲学を深めることができるという、ある意味で自己啓発の王道を行く一冊。
 
この作品のテーマは、まさに「生き方」。
 
「どう生きるか」を力強く語ることで、「なぜ学ぶのか」を掘り下げ、さらに「どう学ぶのか」を突き詰めていくという内容です。

少年少女のための倫理の教科書として刊行

実は本作品が初めて発表されたのは、戦前、日本全土が緊張のただ中にあった1937年。
 
この作品が収録された『日本少国民文庫』を編纂した山本氏は、次のような意図を持っていたと、後書き「作品について」で書かれています。
 

今日の少年少女こそ次の時代を背負うべき大切な人たちである。この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化のあることを、なんとかしてつたえておかねばならないし、人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかねばならない
── 同書 P.302より

つまり、本書は「少年少女のための倫理の教科書」として書かれているわけです。
 
ですから、そこに展開されるのは、スケールの小さなハウツーや説教臭い教えではなく、ある意味でスケールの大きな「人としての在り方」、「学びの本来的な在り方」なのです。
 
一人のありふれた、正義感あふれる少年の日常を描写しながら、この壮大なテーマを必要十分に語り尽くす展開は見事としか言いようがありません。

学ぶ意義とは?

全編を通して、主人公のおじさんからの手紙という形を借りて、著者は本質的なメッセージを私たちに投げかけてくれます。
 
以下、そのうちのいくつかを紹介してみます。

子供のうちは、どんな人でも、地動説ではなく、天動説のような考え方をしている。(中略)それが、大人になると、多かれ少なかれ、地動説のような考え方になってくる。
しかし、(中略)人間がとかく自分を中心として、ものごとを考えたり、判断するという性質は、大人の間にもまだまだ根深く残っている。

(中略)
しかし(中略)自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしょう。大きな真理は、そういう人の眼には、決してうつらないんだ。

── 同書 P.26より

もしも君が、学校でこう教えられ、世間でもそれが立派なこととして通っているからといって、ただそれだけで、いわれたとおりに行動し、教えられたとおりに生きてゆこうとするならば(中略)君はいつまでたっても一人前の人間になれないんだ。
(中略)肝心なことは、世間の眼よりも何よりも、君自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それを本当に君の魂で知ることだ。

── 同書 P.55~56より

だから僕たちは、出来るだけ学問を修めて、今までの人類の経験から教わらなければならないんだ。(中略)骨を折る以上は、人類が今日まで進歩して来て、まだ解くことが出来ないでいる問題のために、骨を折らなくてはうそだ。
── 同書 P.95より

英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬が出来るのは、人類の進歩に役立った人だけだ。
── 同書 P.192より

本当に価値のある生き方とは何かを、十分な具体例と言葉を尽くして語り、「では、どう学ぶか」に結びつける。── この一貫した「WhyからHowへ」の流れこそが、この本の持つ価値であり、長年読み継がれている最大の理由であることは間違いありません。

そこに何を学ぶかは「あなた次第」ですが…!

本書のどこに感銘を受け、何を感じ取るかは当然、あなた次第。
 
ですが、この本を読む時に1つだけ大事にして欲しいことがあります。
 
それは・・・
 
 
 
絶対に、先を急がない!(間違っても速読しない!)
 
 
 
ということ。
 
フォーカスを「どう生きるか」に当てた場合、そこに不可欠なのは「徹底的に、自己の生き方について思索にふけり、ゆっくり哲学すること」です。
 
世の中には「知ること自体に価値がある」ことも確かにあります。
 
しかし、本書で語られているのは、別に斬新なことでも、あなたが知らなかったことでも、見逃していたことでもありません。
 
あなたが知っていながら、だけど日常の慌ただしさの中で、ついつい流してしまっていたこと。
 
だから、1つ1つ丁寧に立ち止まって自分と対話することにこそ価値があるのです。

答えと出会い、「よし、こうしよう」と確認できるまで立ち止まる

例えば、主人公の少年に対して、おじさんがアドバイスするシーンに、次のような言葉が出てきます。

僕は、わざとこの問題の答をいわないでおくから、君は、自分で一つその答を見つけて見たまえ。
── 同書 P.141

ここで、主人公と一緒に立ち止まり、自分なりの答えを考えること。
 
別にこの本の中で、おじさんは答えを出してくれません。
 
「知る」ことはできないのです。
 
であれば、主人公に寄り添い、本書のテーマを共に学ぼうとする私たちに求められるのは、主人公に代わって考え抜くこと。それしかありません。
 
それ以外の、おじさんが解説しているところも同様です。
 
「知ることより、思索し、自分の生き方について哲学すること。」
 
そこにしっかりフォーカスして、楽しんでみてください。(^^*
『君たちはどう生きるか』
『君たちはどう生きるか』

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