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あなたの「読んだ」がアテにならない、その理由

あなたは言う。
 
「先生、ちゃんと読みました!」って。
 
でも、私はそれを信じない。
 
同じく、私の説明する言葉を、あなたが理解してくれているともまったく思っていない。
 
いや、私はそもそも「言葉の力」を信じていないのだ。
 
 
そう。言葉って難しい。
 
いや、言葉に限らないか。
 
トリックアートは錯誤を誘い、その「見間違い」を楽しむアートだ。
 
例えば、こちらの「イルカの愛の詩」と題する7匹のイルカを描いた作品。
 

※サンドロ・デル・プレーテという画家のという作品。
 ⇒オフィシャルサイト
 著作権で保護されております。コピーなど禁止ですよ。

 
心が汚れている人には、7匹のイルカがまったく見えない。(笑)
 
絵でも言葉でも、自分の持っている材料で頭の中に独自の解釈が生まれる。
 
一見、単純に見える絵ですらこうだ。
 
文章ならもっと?
 
ちょっと試してみようか。
次の文章を読んで欲しい。
 
認知心理学の世界では有名な例文だ。

男は鏡の前に立ち、髪をとかした。剃り残しはないかと丹念に顔をチェックし、地味なネクタイを締めた。朝食の席で新聞を丹念に読み、コーヒーを飲みながら妻と洗濯機を買うかどうかについて議論した。それから、何本か電話をかけた。

うん。別に難しくない。何でもない、朝の風景が描けただろう。
 
この文章に、ある人がタイトルを付けた。

Title株仲買人の朝

 
え? さすがに、仕事の中身は想像してなかった?
  
ある別の人が、こんなタイトルを付けた。

Titleリストラされた翌日の朝の風景

 
あれ? 風景が一変した?
 
 
「本を読む」というのは、著者の言葉や情報を、自分の脳の中に「入れる」作業では決してない。
  
あなたの脳が、目に映った文字情報を元に理解するために必要な情報を記憶の回路から引っ張り出してきて、著者が書いているであろう内容を、頭の中に再構築していくだけだ。
 
喩えていうなら、モデルを見ながら、画家がキャンバスに絵を描いていく。── そんな作業。
 
「入ってくる」のではなく、「頭の中に模写する」感じ。
 
 
ということは!
 
 
頭の中の材料(絵の具)が足りなかったり、筆が悪かったり、そもそも絵を描く技術が稚拙だったりすると上手な絵が描けないわけだ。
 
どうしても、すでに持っている情報、つまり体験や思い込み、ちょっとしたきっかけが、歪んだフィルターになってしまうこともあるし。
 
同じモデルを見ながら書いているのに、 他の人が描いたものと似ても似つかない絵ができる。
時にはモデルとさえも似ても似つかない絵が…!(苦笑)
 
 
この比喩でいう絵の具や筆は、知識や思考のフレーム。
絵の腕前が読書力であることはお分かりいただけるだろうか?
 
 
少しでも理解を正しいものにしたいならどうするか?
 
これも、絵を描く技術になぞらえるなら、まずは、全体のバランスを確認しながら、うすく下絵をざっくり描いておいて、徐々に細かく色を置いていくことになるだろうか。
 
読書であれば、まずは下読みをして、その後で精緻な理解を作るべく本ちゃん読みを重ねる、となる。
 
 
読書力を高めるために必要なことは?
 
画力のレベルアップを図る読書。
 
つまり、思考回路を強くするべく難解な本をじっくりひもとく読書。
 
絵筆や絵の具を豊富に揃える作業。
 
こちらは、言葉が豊かになるような、繊細な表現が味わえる文学作品を味わう読書。
あるいは、様々な視点、思考パターンが学べる多読。
 
 
ちなみに、先日、ことのばのブログ記事にしたためた「文章を読めない大学生」の実態。

[blogcard url=”http://www.kotonoba.jp/column/students-were-defeated-by-ai/”]

これなどは、そもそもモデルを見て、頭の中に絵を描こうと努力したことがないという状況だと考えられる。
Aを見てA(せいぜいA’)と出力するような脊髄反射型のパターン練習を勉強と勘違いさせてきた教育の責任だろうね。
 
ともあれ、お分かりいただけただろうか?
 
誰一人として、同じ画力、絵の具・絵筆を持つ人がいない以上、
 
「違う人が、同じ本を、同じくらい丁寧に読んでも、
 そこから学べる内容も量も、まったく違う結果になる。」
 
ことを理解し、
 
「言葉を丁寧に積み上げさえすれば、
 相手にちゃんと真意が伝わる」
 
ということを断念する必要があるのだ。
 
 
だから、私は言葉の力を信じない。
 
と同時に、言葉の持つ可能性を信じている。
 
そして、読書の持つ可能性も。
 
だから、言葉の教室を、読書の研究をやる。
 
 
完全な理解ではなく、
それぞれが豊かな画を描き、
お互いにその画の意味と価値を理解し合える、
そんな力を、子ども達に授けたいのだ。
 
道は険しい。
 
でも、そこにこそ、言葉を豊かにする教育にこそ、
文化の豊かさと、人間関係の豊かさと寛容さと、
そして、子ども達のサバイバル能力の高さを
生み出す鍵があると信じている。
 
そう。
 
言葉の無限の力を、私は信じている。

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