これが身につけば速読は確実に手に入る─そんな速読の核心のお話

今回の記事は、大学院における読書教育研究の中で得られた知見を元に、速読習得の原理を丁寧に解説しつつ、実際に体験していただくことで、その理解を深めていただこうという企画である。トレーニングといってもゲーム感覚で取り組めるものなので、ぜひ試してみて欲しい。

科学的にみた速読のこと

速読」という魔法のようなキーワードに、私が魅せられたのは高校二年生の秋のことだ。
 
あれから30余年。世の中に出ている「速読」というキーワードにからむ、あらゆる本を読んだ。本だけじゃない。日本人による学術的な研究論文や、海外の研究者による研究論文も含まれる。視覚の研究者による視覚・眼科的な観点からの理論、認知心理学者による文字情報処理の理論、脳科学者による文字情報・文法処理や記憶の理論もそこには含まれている。
 
それらおそらく500を悠に超えるであろう文献を読んで得られた結論はこうだ。

速読を出来る人がいるのは間違いない事実であるが、トレーニングによってそれを実現することは不可能だ。

ただし、ここで否定された速読とは、「理解度を落とすことなく、さらに記憶にも残しながら、現状の数倍あるいは10数倍というスピードで読める」というものである。
 
もっとも有名な「速読は不可能」という論文は2016年に出されたRayner博士らによるメタ分析論文だろう。いろいろなメディアが「そらみたことか!」的に速読不可能論をアピールしたものだ。

実際、この論文の中で、様々な心理学的あるいは認知科学的観点から「読書の原理」と「速読の原理」についての研究とその結果を分析してみせており、次のように速読推奨者が語りがちなことを一つ一つ丁寧に否定していっている。

  • (1)眼を高速に動かしても速読にならない。
  • (2)視野を広げても速読にならない。
  • (3)頭の中で音にする内声化をやめると読書にならない。
  • (4)複数行を一度に読むことは不可能。
  • (5)パソコン画面の高速表示される文字を読むことも無駄。

このほかにも、速読を否定する研究者(速読の可能性を研究したら、やっぱり否定するしかない結果が出たというテイスト)は多数いる。

科学的を標榜した速読はどうなのか?

「科学的速読」をうたう代表はパク・佐々木式だろう。これについても、修行期間として6年、7年、8年という長期にわたりトレーニングを続けているという人らを被験者として研究をおこなった脳科学の研究がある。結論は「スピードと理解度はトレードオフの関係であって、速読を学ぶメリットはない」という惨憺たるものだ。なにしろ、8年以上訓練している人はかろうじて1ページ6秒ほどで読めるが、6年以上やっているという人は速読できていないのだ。
 
某マーケターが輸入したことで有名なフォトリーディング®についても、世界的に有名な読書教育研究者McNamara氏による研究で「時間が余計に関わる上、理解がぼろぼろなので、採用するメリットない」と完全に否定されている。

こういった要素を速読の原理としてうたっている速読指導者は、自分の指導しているメソッドが科学的に否定されているにも関わらず、それを採用している意味と根拠を、生徒さんたちに明確に説明すべきではないだろうか?

科学的にも「可能性」が否定されていないメソッドとは?

速読をマスターする」ことを目指す上でとても大切な考え方がある。
それは「速読は読書の延長」だということ。そして、読書というのは、非常に複雑な認知プロセスを経て成り立っているのであり、何か単純でマジカルなトレーニングをしたからといって、突然、今まで読めなかったものが読めるようになったり、完全に記憶できるようになったりすることはないということ。
 
そのことを踏まえて、速読の原理を超絶に単純化して説明すると、次のような3つの要素の掛け算として説明できる。

 
スキーマとは、その人の読書経験や学習経験、その他の経験により作られた脳のデータベースであり、“認知の枠組み”と説明されるものだ。
 
このスキーマが充実していると、一瞬で大量の物事を正しく判断できるようになる。スポーツのプロフェッショナルが複雑、大変な場面でも的確に瞬時の判断とアクションができるのもこれだ。
天然で速読ができる人というのは、ここが猛烈に豊富である可能性が高い(加えて、いわゆる天才的な情報処理の回路を持ち合わせている可能性が高い)。
 
心身のコントロール技術を最後にまわして、フォーカスについて説明しよう。読書(教育)研究の世界では、読書のスピードというのは、実は3つの要素で決まるとされている。①文章の難易度②読書の目的③個々人の読み方のスタイルだ。フォーカスというのは、この2番目に示された要素ということになる。
 
「てにをは」などまで意識し、吟味するような読み方と、「ざっと大意を把握するだけ」の読み方では、当然、後者の方がスピードが速い。これは読書研究の世界では「読書の柔軟性reading flexibility)」と呼ばれるが、一般的には「速読」として語られるものと考えていい。特に説明は要らないだろうか。
とりあえず、一つだけ補足するなら、私たちは読書の際にあまりフォーカスを意識せず、「読んでいる瞬間を楽しむ」あるいは「必死で、言葉と格闘するかのようにじっくり読む」ような傾向が見られる。特に読書が苦手な人や、本の読み方を意識したことがない人に多い。

読書における「心身のコントロール」

最後に「心身のコントロール」について説明しよう。
実は読書において眼の動き」と「視野の広さ」が、読書スピードのボトルネックを作っていると考えられる。そしてもう1つ、「集中力の欠如」や「読書の(苦手意識から来る)ストレス」など、メンタルに関わる問題だ。

読書における「眼の動き」の問題

眼の動きについては、「遅い」ことが問題なのではない。速く動かしても無意味であり、むしろ有害なのだ。眼の問題の本質は「動かすと、情報処理が止まる」ということなのである。
私たちが眼を動かして何かを見ようとするとき、眼を動かせば当然、視界に映る風景は眼の動きと反対方向に流れていく。高速に動かせば当然高速に動く。しかし、本を読んでいるとき、1秒間に3回も眼が小刻みに動いているにも関わらず、私たちはその「視界の流れ」を知覚していない。ここにボトルネックたる理由があるのだ。
実は眼と脳の間で、眼が動いている間とその前後のわずかな時間、この「眼が動いているときに映る風景の流れ」を脳に伝えないためにシャッターが下ろされていると考えられている。流れる映像を伝えてしまうと、小刻みに視界が流れ、眼が回ったような状態になる(歩きながら撮影した、手ぶれ満載の映像を見るときの気持ち悪さを想像して欲しい)から、それを防いでいるのだろうと考えられている。
以下のパワポは、そのことを簡単に説明したものだ。

読書における「視野の広さ」の問題

もう1つ、視野の広さの問題。
私たちの脳は、文字情報を視野の中心部で捉えると、勝手に処理(読み取り)にちょうどいい広さに調整しようとするという機能を持っている。この広さにはスキーマと「読もうという意識の強さ」、そして「文字の音声変換(この音声変換を内声化あるいは構音と呼び、およそ90%の人が文字情報を音にして処理していると考えられている)」が関わってくる。
脳が文字を読み取ろうとする時、次のパワポで示されるように3層構造になっていることが分かっている。1つ補足をすると、可識視野は上下均等に広がっているのではなく、下(次に読み取るべき領域)が広くなっている。

 
スキーマは上述の通りであり、スキーマが豊富だと自動的に広い視野が作られ瞬時に膨大な文章を処理することが可能になる。・・・はずなのだが、残念ながら小学生の頃と較べて読書量が10倍になったとしても、残念ながら読み取りの視野はそれほど広がらない。ここに「読もうという意識の強さ」と、内声化の問題、すなわち眼に写し取った文字を音声に変換しないと読めた気がしないという問題が絡んでくる。
 
この「読もうという意識の強さ」を意識による情報の入力レベル(または単純に「入力レベル」)と呼んでいる。
入力レベルが上がる、すなわち「能動的に(一生懸命に)読もう」とすると視野は狭くなり、入力レベルが下がる、すなわち気楽に、受動的に眺める状態だと視野は広がってくる。そして、この受動的な入力レベルによる視野の広がりが得られると情報処理のスピードが格段に速くなる。
これについても模式的に図解してみると↓こんな↓感じ。山形のグラフが視野の広がりを模式的に示したものだが、下に行くほど視野は広がり、情報への反応スピードが上がる。

 
ここまでの話から分かることは、「がんばって鍛えて視野を広げる」トレーニングの無意味さである。
視野は入力レベルのコントロールを下げることで広がるものであって、重要なことは「必死で(能動的に)文章を読もうとしない」ことであり、「視野を絞り込んで処理しようとする脳の機能のセーブ」である。
 
ただ、この視野の広がりを実現するのはそれほど簡単ではない。
理想の視野は、宮本武蔵が『五輪書』で語った観の目付、剣道でいう遠山の目付、プロ野球の選手のバッティング時のような“ボールというよりピッチャーを見る視野”である。この視野は、ボクサー、合気道家、空手家など、様々なジャンルの一流スポーツ選手が異口同音に語っている。
 
この視野を生み出すのは、

  • 1.対象(読書の場合は文字)への執着を捨てること
  • 2.丹田呼吸と正しい姿勢、力みの取れた身体(武道で語られる「上虚下実」が理想)から生み出される心の深い鎮まり瞑想と同じ精神状態(シータ波状態)
  • 3.鋭く集中した意識

これらがトータルで成立したときに実現するものと考えられる。いわゆる「ゾーンの状態」と同じ状態ではないかと推測している。実際、ゾーンに入った状態では、心が静まり、時間の流れがゆっくりに感じられるとされており、速読修得によって得られる感覚と共通点が多い。

速読を可能にする条件

ここまでの説明である程度は伝わったかと思うが、ここで科学的に否定されていない観点から速読を可能にする原理を導くとすると、この心身のコントロールを上手にこなして、読書のボトルネックを解消してやることに他ならない。

ということは、ここで目指す速読というのは、天才的な読書力を身につけるというよりは、あくまで自分の持っている読書力(スキーマで十分に反応できるレベル)を最大限に引き出して、ストレスのない(眼の動きや視野、あるいは内声化で邪魔されない)文字情報の処理を実現しようというものである。

1.内声化を抑える(構音抑制)

人間の脳には、内声化によらず文字情報を理解する回路が備わっていることが、各種の研究で明らかにされている。とはいえ、内声化によらなければ、難しいロジックやレトリックを処理することができないとされており、あくまで一読して理解できるレベルのものが対象になる。
なお、この記事ではあくまで速読の原理を体験することがメインなので、今回はこの「内声化を抑える」はスルーさせていただき、また別の機会に…。

2.観の目付の実現

先ほどの観の目付を実現したいのであるが、実現できたら自動的に高速に読めるわけではない。
スポーツと違って読書の場合、平面的な広がりの中で反応するだけでは成り立たず、自分の脳みその情報処理にフィットするような広さとして実現し、意味の流れに沿って移動させていく必要がある。言葉はリニアにしか意味が流れない特性を持っているから、1ページ全体を平面で処理することは不可能なのだ。
 
なので、「観の目付の実現」といっても、これまた2種類の要素から成り立っているわけだ。

2-1.文字情報の処理を可能にする視野のコントロール

フォーカスすなわち自分が手に入れたい理解のレベルに応じて入力レベルをコントロールする必要がある。入力レベルを下げた状態で感覚的に処理しながら文章を概観する状態から、十分に意味を理解し「読めた(理解した)」と実感できるレベル状態までのグラデーションでとらえていいだろう。これは視野の広がりとしては、可能な限り全体を俯瞰する状態(観の目付)を維持しつつ、意味が伝わってくる意識の入力レベルと、意味の摂取にかかる時間を微調整しなければならない。これはスポーツと同じなので反復練習をこなして身につけるしかない。

2-2..観の目付による1行単位の処理の実現

うまいこと入力レベルのコントロールの調整(チューニング)ができたら、それを行(意味)の流れに沿って移動させていかなければならない。
特に行頭と行末をどう処理するかはやっかいな問題だ。先に可読視野の処理時間を0.3秒ほどと説明したが、行頭と行末は1.5倍以上の時間を要する。これは単語が切れていたり、可識視野で処理する領域が失われていたりするため、それを記憶の中で繋いでいかなければならないからと考えられる。
このような眼の動きをどう実現するかは、とりあえずこちらの3分の動画の実演で確認して欲しい(トレーニングの詳細な解説は省略する)。

観の目付で情報を処理する練習

ようやくトレーニングである。(苦笑)
 
このトレーニングをやったからといって速読がいきなりできるようになるわけではない。その理由は上述のとおり、他にいろいろな要素が絡むからである。
しかし、「自分の脳みその情報処理にフィットするような広さ」をコントロールする練習として有効であり、このトレーニングで得られた感覚を、読書に活かすことで速読に近づくことが可能である。
 
そのためにも、心を静める呼吸を意識しておこない、自分の内面の反応をモニタリングしながら取り組んで欲しい。

第1段階:数字に反応できる視野の広がりの体感

まずは、こちらに挑戦して欲しい。
3×3の正方陣に数字が1から9まで書かれているので、指で順番(昇順)にタッチしていくというもの。制限時間は1マス1秒。つまりここでは9秒ということになる。
ポイントは眼の力を抜くこと、探すぞ!という能動的な意識を捨てて視野を緩める感覚を探ること。可能な限りマス目全体を包み込む視野(観の目付)を維持しながら、それでいて数字に反応できる集中の仕方を探ること。

次にもう少しだけ小さな数字のものに挑戦して欲しい。

少々見づらくなったことで、何か変化があっただろうか? この内面の些細な変化をモニタリングして、その内面の揺れをなくすのが「鎮まり」なのだ。だから鎮まりはとっても大事!
 
次に4×4に挑戦して欲しい。やはり数字の大小で2段階あるので、同じように観の目付をキープして欲しい。

ひょっとすると、数字が小さくなったことで、眼が動いている…と感じたかも知れない。大事なことは、自分の内面をモニタリングし、理想の状態を探るべくチューニング(呼吸を整えたり、眼の力を抜いたり、意識をリセットしたり)することなので、「感じた」ことは素晴らしいと考えて気楽にやろう。

第2段階:負荷が大きくなったときの視野の広がりの維持

次に5×5に挑戦していただこう。マス目の数が多くなった時、模様まで加わった時、それぞれの入力レベルの上昇(探そうという意識の出現)と視野の狭まりを体感した上で、それをリセットし観の目付を取り戻すのが、ここでのトレーニングということになる。
制限時間は先ほどと同様、1マス1秒だから25秒だ。
では、どうぞ!
 

 

 

 
いかがだっただろう?
 
上下左右にたった1マスずつ増えただけで私たちの脳が混乱し、情報をしっかりと受け止めようとして視野が狭くなるのを体感できたのではないだろうか。
この「勝手に入力レベルが上がってしまう問題」をクリアするには、鎮まりの状態を安定させられるだけの集中力、鎮まりを体得するしかない。
今はとりあえず、「気楽に楽しんでやる」ということだけ大事にして欲しい。

第2段階:文字に反応できる視野の広がりのチューニング

問題はここからだ。
数字が文字に置き換わっただけで、途端に難しくなる。さっきは4×4なんて楽勝だったのに…!
 
では、さっそくトライ!
 

 

 
さらに5×5にも挑戦!

この絞り込みの感覚と、それを解除して観の目付の視野で文字を感じる感覚を、何度もトライしながら探って欲しい。そして、それを書籍の上で同じように実現できれば、それが速読の第一歩になる。

メダケデ迷路トレーニング

こちらのトレーニングは、俯瞰の視野を使いこなすためのゲームみたいなものだ。迷路ができたからといって速読ができるようになるわけではないが、観の目付を使いこなす練習にはなるだろう。


 
なお、この迷路トレーニングと数字を追うトレーニングは筆者(寺田)のTwitterでお届けしているので、よかったらフォローしてウォッチして欲しい。

これで何が身につくのか?

ここまでの説明およびトレーニングは、「視野を使いこなす」というものであり、速読を可能にする原理のもっとも重要な要素である。
これだけやっても、いきなり速読が完成するわけではない。とはいえ、速読をマスターする上で、もっとも重要な要素であることも確かである。
この鎮まりをキープしつつ、観の目付で文字を受動的に捉える感覚が生まれて来たら、その感覚を本の活字でも試して見て欲しい。具体的なトレーニングはこちらの記事で紹介している。

こういったトレーニングをコツコツと積み上げていくことで、これまでとはまったく新しい読書が手に入るものなのだ。
 
ということで、非常に長い記事になってしまったが、速読とはどういう理屈で成り立つのか?がアタマと実感で理解していただけたようなら幸いである。
 
さらに速読のことを詳しく知りたい、速読トレーニングの全体像を知りたいという場合は、無料メール講座をどうぞ。
(配信はいつでもキャンセル可能だし。)
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