速読の罠──なぜ簡単に落とし穴にはまるのか?【#2/3】

#1の続きです。まだ読んでいない方はこちらを先にどうぞ。

#1の記事で「速読業界には落とし穴があるぞ!」ということを書きました。
そしてその落とし穴には、速読教室の先生もはまっているんだ、と。
 
落とし穴があることが分かっていて、それで目の前のお客さんが悩んでいるのを見ているんだったら、それを避けられるように指導すればいいだけの話です。
 
そもそも「先生がはまっている」ということ自体が、にわかには信じがたい話!
 
では、なぜそんな悲しい事態がおこってしまうのか?
 
それは速読というものの「生まれ」に原因があります。不幸な生まれ方をして、それが故に、いくつもの都市伝説を作ってしまったという事情があるんですよ。
 
その原因と都市伝説とは・・・。

速読の不幸な生まれ

速読という技術は、欧米ではずいぶん古くから研究されていたようですが、現在、日本に伝わっているメソッドの源流は次の2つが中心です。

1.アメリカ、ニューヨーク大学教育学部スミス教授の研究

  • 読書の熟達者ほど読書スピードが速い。
  • 読書スピードの速い人ほど視野が広く、視点移動のスピードが速い。

※以上、斉藤英治著『ホワイトハウスの記憶速読術』(絶版本)より。

2.ソウル大学教育学部パク教授の研究

  • 認知能力と視覚能力をトレーニングすることで読書能力が大きく向上する。
  • ソウル大学の優秀な法学部生を集めて実験をおこなった結果、劇的な成果が上がった。

※以上、佐々木豊文著『速読の科学』(絶版本)より。

これらの研究がその後の不幸を招いたとも言えるのですが、それがなぜか、あなたは分かりますか?
 
それは、「速読できる人」のモデルになったのが「読書の熟達者」だったということです。(ちなみに、ソウル大学法学部といえば日本の東京大学法学部のような存在です。)
 
実際、スミス教授の元には「視野を広げるトレーニングと目の動きを速くするトレーニングをしても速読できなかった。むしろ理解度が落ちた」といった相談が寄せられたそうです。
 
これについて、上記『ホワイトハウスの…』という本では次のように紹介されています。

このことについて、スミス教授はこの精神科医に指摘したという。つまり、読書とはマインド・ワーク(こころと意識の知的作業)であり、けっして、目の筋肉の作業ではない。つまり(中略)こころの結果が、視点の移動の頻度や速さ、視界の広さになってくる。
・・・したがって、この末端の症状である視界や視点移動だけを改善しようとしても、原因をなおそうとしないから疲れるだけである。

また、韓国でも当初はセンセーショナルにマスコミにとりあげられ、1980年代に大ブームになりました(それが日本にも輸入されたのです)。しかし、韓国全土に一気に広まった後、結局、普通の人には修得できないことが分かり、1990年代には「速読は詐欺」という認識が広がり、今は完全に廃れてしまっています

※寺田は2002年に韓国の大手学習塾FCが「速読を採用したい」ということで、斉藤英治先生とともにアドバイザーとして招かれて行ってきました。そのとき「速読という名称は(詐欺と思われるので)使えない。新しい読書術として売り込みたい」と社長が話していたのを憶えています。)

その後、日本発の「パソコンの画面を眺めるだけで速読ができる」という流派もブームになりました。もともとプロジェクターを使って研究されていた手法を、当時ようやく一般家庭に受け入れられてきたPC用にしたものです。3分間、画面を眺めただけで3倍になるということで、非常に話題を呼んだのです。
 
しかし、この流派のブームも数年も経たずに終わってしまいました。理由は同じで「結局、ほとんどの人が速読を身につけられなかった」からです。

世にはびこる4つの都市伝説

アメリカ発、韓国発、日本発を問わず、「読書の熟達者であれば、速読ができるようになる」というのは変わりありません。熟達者は、入力した後の処理(理解・記憶)の回路が充実しているので「入力」だけを変えると、読書全体が劇的に変わるのです。
 
そして、一部のできる人の存在と、彼らの言葉が「速読ってね・・・」といううわさ話として流布していくわけです。しかも、どの速読の本を読んでも同じようなことが書いてあります。読んだ人は「これだけ同じ主張があるんだ。きっと本当だろう。」と思うわけです。

実は速読の本を書いている著者のうち、少なくとも4人は「自分は速読できないけど商売で本を書いている」という実態も…。またそれ以外の人も、大半は長期にわたる生徒の指導で実績を上げたことがない人です。

 

そこで生まれた都市伝説というのは・・・

  • 視野を広げ、目を高速に動かせば速読ができるようになる。
  • 超高速に文字を眺めるだけで読書スピードが劇的に速くなる。これは高速道路から降りたときの時間感覚の狂いと同じで、これを繰り返すと速読ができるようになると説明される。
  • 頭の中で「音」にする癖をなくせば速読できる。
  • 文字を写真のようにブロックで写し取れば、右脳で高速に処理ができる。

上2つは、先に説明した「熟達者ならできるようになる」というレベルの話。高速道路の効果は納得感が高いのですが、あなたもおそらく経験している通りその効果は料金所を過ぎると消えてしまいますし、一般道では再現できません
 
下の2つは、「そういう人もいる」あるいは「熟達者は確かにそう」というレベルです。
 
3について言うと、時々「(音読の癖をなくすために)頭の中で、あ~と唱えながら本を読めば速くなる」と主張する人がいます。それは間違ってはいませんが、それで本を1冊読めるのかとか、仕事の書類をそれで正確に読みこなせるのかという問題が置き去りにされています。

なぜ、それらの問題が置き去りにされてしまっているのか?

私がいくつもの流派から相談を受けて感じたのは、誰も速読術を「読書の技術」としてとらえていないということです。そして、先生も受講者も・・・

  • 中にはできるようになる人もいるので、「このメソッドは間違っていない」と信じてしまう。
  • 一時的とはいえ確かに「入力」が速くなるため「いつか定着する」と信じてしまう。
  • メソッドが「入力」を変える部分に限定されており、「読書全体」から問題をとらえていない。したがって、できない人がどういう問題を抱えているか正しく認識できていない。

・・・という罠にはまった状態から抜け出せないのです。
 
読書であれば「理解」が必要です。そして、理解はIQの指標になるぐらい知的な活動です。「処理(理解・記憶)」を置き去りにして「入力」だけを変えても意味がありません。
 
これは1980年代に日本で速読ブームがおこったとき「夢の能力開発」として扱われ、「読書技術」と扱われなかったことに問題の根本があります。アメリカで「読書技術」としてスキミング、スキャニングといった速読的技法が当たり前に使われているのと対照的です。
 
今でも多くの速読教室は「読書スピード」と言いながら、非常に短い文章しか読ませません。せいぜい1分、短いところで数秒です。これも「処理」を無視している証拠であり、「読書」という視点が欠如している証拠と言っていいでしょう。
 
そのスピードが本物だったとして、

  • その読み方で1冊読みこなせるのか?
     ⇒陸上に限らず、短距離と長距離って、フォームもペース配分も違いますよね?
  • 「速く読もう」という意識(速読教室の測定場面など)よりも「成果を上げよう」という意識が強く働く場面で(仕事や読書の場面など)使える技術なのか?
     ⇒試験本番で実力が出せない、プールで泳げても着衣で川だと溺れる…なんてことも!

と考える必要があります。
 
 
 
ということで、お手元に速読の情報(本やウェブ情報)があれば、「これは本1冊を読める技術だろうか?」とか「本の理解、記憶までサポートするものだろうか?」と考えてみてくださいね。
 
「脳の機能/可能性」だけを根拠にした「なぜ速読が可能か?」という話を鵜呑みにしてはいけませんよ。
 
では次回、どうしたら都市伝説を乗り越えて「使える速読技術」にたどり着けるのかをお伝えします!

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