「事実、読書は一種の悪徳なのだ。」
── ヴァレリー・ラルボー著『罰せられざる悪徳・読書』
必要に迫られて読む実用書や、
気分を良くするための自己啓発書などは、
ある種のサプリメントや薬のようなものかも知れません。
自己投資というと、いい響きですが、
どこか「よいこ」の読書にも見えてきます。
しかし、「悪徳」たる読書とはいかに?
「よいこの読書」、
必要に迫られて読む「学びの読書」では、
得られない世界が、読書には確かにあります。
自分のまったく知らなかった世界へと誘い、
思ってもみなかった価値観を突きつけ・・・
未知の世界を旅するドキドキ感。
未知の思想、未知の世界をのぞき見、
さまようような背徳感。
そういえば、中高生の頃に、武者小路実篤の小説や、
星新一の作品を読んでいたときというのは、
そういうドキドキ感にあふれていたような気がします。
大人の世界を、背伸びしてのぞき見するような…。
大人になって、そういうドキドキ感、
一種の「のぞき見」している背徳感を
味わうような読書をしたのは、いつのことか…?
ひょっとすると自分の読書が、
遊びのない、
スケールの小さなものになっているのかも知れません。
それはもったいない!
もっともっと自分の小さな世界をぶち壊すような
悪徳感たっぷりの読書を取り戻さねば!