“速読術をマスターしたら、今の読書の悩みが解決するはず!”
速読を修得したいと思っているあなたは、ひょっとするとそんなふうに考えているかも知れません。
“読書の悩み”といっても色々。その中のある部分は解決できるしょうし、ある部分では難しいかも知れません。では、速読修得によって何が実現できて、何が実現できないのか? ちょっと冷静に眺めておきましょう。
この記事の目次
そもそも速読とは何なのか?
ここでの話は、あくまで速読の研究者として語るものであり、別に「速読なんてできっこない」という懐疑論でも、「所詮、速読なんて役に立たない」という悲観論でもありません。もちろん、速読すげーぜ!みたいな速読信奉者的なスタンスでもありません。
速読とは読書スキルに過ぎない
ここで一度、他の速読業者さんとか書籍で語られている夢のような効果のことは完全に忘れてください。そういう本に書かれていることは、一見科学的に見えるデータが示されていたとしても、まったく意味がなく、速読の真実を伝えるものではありませんので。
まず私たちが理解しなければならないのは、速読というのは、読書の1つのスキルに過ぎないという、ある意味で当たり前の事実です。スキルというのは、使いこなせる技術であり、処理する能力です。
それを踏まえて、「だからこそ、どう活用しようか」という未来志向の現実的思考が必要なのです。
例えば「ワープロ」を手に入れて、文書作成はどう変わったか?
30年前、「美しく、読みやすい資料を手早く作りたい」と多くの人が思っていました。そこにワープロが登場。新技術(ツール)ですべてが解決したかといえば、まったくそんなことはありませんでした。
「手が疲れる」、「時間がかかる」、「レイアウト変更が大変」──そんな悩みは解決し、恐らくは次元が1つ上がりましたが、「どう表現したら、より的確に意図を伝えられるか」という一番重要なテーマが、よりリアルに現れたはずです。
今、「MS-WORDを買ったら、あっという間に最高の資料が作れる!」── そんなことは誰も考えません。「では、これをどう使いこなして、何を実現しよう?」── これが正常な思考回路です。
速読は身につけてからが始まり
「速読は、身につけてからが始まり」 ── このことを理解しておくことで、速読を身につけられないという悩みと、身につけたけど使えないという悩みを予防することにつながります。
速読をどう定義づけるか?
先に読書スキルであると書きましたが、ここからいきましょう。
速読とは熟読・精読と対置される概念であり、読書の目的や時間的制約により、読み方の一つとして読者によって選択されるものである。
── 石黒圭著『「読む」技術』
つまり、速読は読書の万能薬というよりは、「読書の目的や時間的制約」などから、最適な手段として採用されるオプションに過ぎないということです。当然、基本となるのは「あなたの読書力」【速読の基本要素①】であり、それを越えることはできません。
では、速読はどのように実現するかと言いますと、
ミクロの精緻な理解を求める場合には、語句のつながりにフォーカスし、速さ(効率)を優先させる時は、流れや構造といったマクロの理解にフォーカスすることで、理解の深さと流れ(スピード)のバランスをコントロールする【速読の基本要素②】
ことになります。
フォーカス・リーディングでは、これを次のように説明しています。
Time/Purpose/Occasion(TPO)に応じて、それにふさわしい読み方(読書スピードと理解度のバランス)をコントロールして実現する。
つまり、速さを取れば何かが失われることを前提として、読書の目的や時間的制約を考慮した上で、効果を最大化できるように活用しよう、というわけです。
ここで「速さ」の効果をさらに高めるために「心身のコントロール技術」のトレーニング【速読の基本要素③】をおこなうことになります。具体的には禅的な「鎮まり」をベースとした集中力と武道における「観の目付」を使いこなす技術です。
ここまでに挙げた3つの要素から、速読というのは次のような式で表すことが可能です。
速読=スキーマ×心身のコントロール×フォーカス
※スキーマ:認知の枠組み、長期記憶、読書力
これを前提として、その速読の効果について見ていきましょう。
技術としての速読の効果的な活用法
あなたが速読にどんな期待をしているか分かりませんが、過度に期待し過ぎるとガッカリ感を味わうことになってしまいます。まずは、ここまでに解説した速読の定義から単純に言えることを列挙してみます。
- ゆっくり読んで理解できないものは速読できません。
- ゆっくり読めば分かることも、スピードを上げすぎれば理解できません。
- 速く読めば、言葉の繊細なリズムや響きは伝わらず味わいが消えます。
- フォーカスを明確にすると、今まで読み取れなかった情報(文脈の整合性、概要など)が浮かび上がってくるようになります。
では、そこから引き出されるメリットはと言いますと…
速読から得られるメリット
1.短時間で処理できる量が増える
あくまで大学生約90人を対象とした研究講座での平均値でしかありませんが、心身のコントロール技術などのトレーニングによって、これまでとほぼ同じ理解の手応えと記憶を保ったまま、読書スピードが約3倍になります。
これは「自分のスキーマで処理できる範囲のコンテンツ」であるという条件がつきますが、フォーカスのコントロールとの合わせ技で、読書にかかる時間を数分の1に短縮することが可能です。

例:2019年3月受講者のデータ

フォーカスを明確にしたスキミングのスピード
これによって何が得られるかというと、
- 隙間時間を有効活用できるので、読書が身近になる。
- 気軽に復習ができるので、間隔を空けて何度も読み返すことで、より定着が深くなる。
- 「読書って、手軽に学べて面白い!」と思えるので、本を読みたいと思えるようになる。
といったところでしょうか。
実際、上記、大学生の例でいえば、平均して読書量が3倍以上になっています。

例:2018年受講者の読書量の変化
2.全体像を把握・整理できるので、理解の質が上がる
読書の理解というのは、細かく言葉を追えば追うほど、全体の理解が見えなくなります。国語の授業で学んだような、指示語・接続詞といったミクロレベルの理解(下の図に示す赤色の部分)を追いかけてばかりでは、「本」の主張は見えてきません。
「木を見て森を見ず」の読書にならないためには「フォーカスを変えて、全体を俯瞰する」読書が必要なのです。

読書における理解の捉え方
3.読書の目的に応じて、自在に攻略法を変えることが可能になる
速読を「目的にふさわしいフォーカスを設定し、そのフォーカスにふさわしい読み方をコントロールする技術」ととらえます。
これは「目的を設定して、それにふさわしい戦略(ストラテジー)を採用する」ことによって可能になります。
例えば、専門書の学習によって、専門領域の知識を手に入れたいから、PQRSストラテジーとKWHLストラテジーを組み合わせて学ぶ…という具合です。
はたまた、哲学書や古典といった現在の自分の知性が及ばない(スキーマが不足している)本をじっくりと読み込もうという場合には、PRORストラテジーか…などなど。
ここでサラッと書いたPRQS、KWHL、PRORは欧米の学校教育で広く採用されている学習のための戦略的読書アルゴリズムと呼ばれるものです。詳しくはまたの機会に…
ハサミと速さは使いようで生きる!
速読術というのは、切れ味のいいハサミみたいなものです。目的がはっきりしているから役に立つ。何を切りたいのかという全体像がイメージできていないと、生産性は上がりません。調子に乗って切っていると、大事なことまで切り落としてしまいかねません。
── 拙著『フォーカス・リーディング』より
同じ目的、方向性を持っていたとしても、ジャンルや著者によって、同じスピードで読んでも、同じレベルの理解が手に入るとは限りません。これも「スキーマ」に関わる問題ですので、当たり前の話。
フォーカス・リーディングでは単行本、新書の下読み(概要把握)であれば「1冊10分のスキミング」を標準的な読み方としています。しかし、本によってはそれが「90分の通読」ということもありえます。これが前に述べた「Time/Purpose/Ocassion(TPO)に応じて」という考え方です。
重要なことは、読書の目的を達成できること。
夢のような速読の妄想に惑わされない。
速読技術をマスターしたからと言って、速さにとらわれない。
速読をマスターしたことで、読書に幅ができ、速くも、遅くも、浅くも、深くも読める ── んなスタンスで活用すれば、速読技術は間違いなく、あなたの学びの価値を大きく高めてくれるはずです!