自己投資の限界金額は何で決まるか?

昨日、kotonoba.jpのブログで「読書は投資」について書きました。

では、その投資をどのくらいまで許容できるでしょう?
 
あなたはいくらまでなら自己投資したいと思いますか?
ただし、あくまで自分で自由になる金額の範囲で、ですがね。

株式投資における投資金額を決める要素

株を運用したいとします。
あなたは、いくら投資するでしょう?
 
「損しても致命傷にならない金額から」と考えるのが普通です。
それは「投資する自分に自信が持てないから」ですし、「株式投資にリスクはつきもの」と思っているからです。
 
それがもし、かつてのNTT株やIPOバブル期の新規公開株のように「買えば必ず儲かる」という場合は、自分の持っている金額マックスを投資するでしょうね。私の元同僚には「親戚中を説得してカネをかき集めた」という強者もいました。
 
絶対的に儲かる銘柄がなくても、投資のプロは多額の資金を投じて、大きなリターンを手に入れます。
これは「投資する自分に自信を持っている」ことの現れですね。
 
つまり「投資する相手(運用する株)」に対する信頼と「投資する人(自分自身)」に対する信頼という2つの要素で投資額が決まるわけです。

自己投資における投資金額は?

では、自己投資ではどうでしょうか?
 
投資するのはお金と時間です。
 
株式投資と違うのは、手に入る結果メリット:具体的な知識やスキル)がお金に換算できない場合が多いこと。
 
その価値をリアルなベネフィット、つまり具体的な知識やスキルから導き出せる自分の変化それによって生まれる時間的、金銭的メリットを自分で計算しなければなりません。
 
時間お金を投資するのですから、リターンも時間お金に結びつけると簡単ですよね。
 
株式投資における株に相当するのが、講座のコンテンツと先生。
運用主体は自分。
 
しかも、コンテンツと先生の教えを吸収でき、十分に活かせるという自分への信頼が必要です。
株式投資以上に、自分への信頼がカギを握りますね。

より安い講座を求める人は何を不安視しているのか?

入門講座で時々、こんな相談をいただきます。

「3日間の集中講座を受けてフォーカス・リーディングをマスターしたいのですが、5万円くらいで受けられる講座はありませんか?」

集中講座というコンテンツや私に対する信頼が持てない?
それとも自分に対する信頼が持てない?
 
どうなんでしょうね?

そもそも受ける講座を値段で決める人は…

そもそも安い講座とか無料講座にしか行かない人というのは、投資という感覚を持っていない可能性があります。
成果を「未来の自分を作る」ことではなく、「その場で感じられるいい気分」で決めているわけです。
 
それはつまり消費感覚ですね。
 
自己啓発的なコンテンツを消費する感覚しかなく、未来の自分を見なければ、今の資産を守ることにしか意識が向かないのも仕方ありません。

もし、講座に対して信頼が持てないとしたら…

投資する側、すなわち受講する側は十分なリサーチをおこなわなければなりません。
自分と同じようなステージにいる人、同じような経歴をたどり、悩みを持つ人がどういう成果を上げているのか、ネットでの評判を確認しましょう。
 
それでダメな講座はスクリーニングで消して問題ないわけです。(^^;

講座に対する信頼が持てないということであれば、それは講師の責任です。
そもそものコンテンツのレベルを上げなければなりませんし、それが伝わるように工夫をしなければなりません。
 
また、お金と時間を頂戴する以上、それを遙かに上回るものをご提供する責任が講師にはあります。
「できなかったら返金します」という宣伝文句は逃げでしかありません。時間というもっとも貴重なリソースを無駄にさせているわけですから。
 
「社会人の自己投資は自己責任」というセリフも、教育の現場では逃げ口上に過ぎません。
成果から逃げ出したくなるお客様のマインドを理解して、そこを上手にナビゲートするのも講師の責任です。

もし、自分に対する自信が持てないとしたら…

リサーチの結果、素晴らしい結果が得られそうだと分かっていても躊躇することがあります。
 
それは先に書いた「消費」の感覚が抜けきれないか、自分に対する信頼が足りないかといういずれかでしょう。
 
あるいは投資の感覚が間違っているのかも知れません。
 
7つの習慣の第7の習慣に「刃を研ぐ」という話がでてきます。
ざっくりと紹介しますとこんな話。

森の中で、必死になって木を切り倒そうとしている男と会います。
男はもう5時間も木と格闘していると語ります。
 
そこで
 
「少し休んで、ノコギリの刃を研いだらどうです?」
 
とアドバイスすると、その男はこう反論するんですね。
 
「木を切るのに忙しくて、刃を研ぐ時間なんかあるもんか!」

この寓話の「男」の何が滑稽か、説明するまでもありません。
しかし、私たちは本当に必要な投資を、ついつい疎かにしがちです。
大きなリターンがあると分かっていても、目の前の労力とか痛みに目を奪われてしまい、クールな計算が出来なくなってしまいまうのです。

何に一番先に取り組むべきか、何に一番お金と時間をかけるべきか、目指すゴールまでの道のりを俯瞰して正しく決断したいものですね!自分に対する自信が持てない、セルフイメージが金額についていかないということであれば、そこを変えて差し上げるのも講師の務めだろうと思います。
ちゃんとお客様の悩みを引き出し、本当に求めている価値、希望を顕在化させた上で、それを一緒に乗り越えて大きな価値を手に入れましょう、と。
特に私の場合、学び方・集中力・リミッターの外し方など「信頼できる自分」を作るのが目的ですので、そこは大切な仕事だろうと考えています。

まとめ

自己投資のレベルを上げないと、未来を切り開く力のレベルが上がりません。
 
今、欲しい成果が手に入るだろうと確信できる高額な講座を受講するのに躊躇している自分に気づいたら、いったいどこから迷いが生まれているんだろうと考えてみてください。
 
現状維持を大事にするのは、社会の変化が激しい時代には下りのエスカレーターに乗っているのと同じです。
 
ぜひ今の自分を変えていく意志と力を手に入れましょう。
そして、自分を本当に変えてくれる先生の元に学びにいきましょう!

余談のような大切な話

余談ですが、以前、二人の友人に60万円する経営者向けの講座を紹介したことがあります。
私の師匠の講座で、60万円出して正しく運用(努力)すれば絶対に劇的な変化(売り上げアップ)が手に入るというものです。
それ以前にそこを紹介した、ある友人は1年間で1億円、別の友人も5000万円の売り上げアップを果たしました。
 
その話をしたら、1人はすぐに講座に申し込みましたが、もう1人はセルフイメージが追いつかなかったらしく、申し込みませんでした。
 
それから1年経って、申し込んだ友人が1億の売り上げアップを果たした事実を知り、申し込まなかった彼も慌てて次の講座に申し込みました。
しかし、最初の合宿講座だけを受けて、自分に求められることのレベルの高さに尻込みし、それ以降の受講をキャンセルしてしまいました。
 
最初に申し込まなかったとき、セルフイメージがついていかなかったのと同じく、実際に行ってみたら、求められるセルフイメージにやっぱり追いつけなかったんですね。
 
私もその講座を受けたので、その彼がキャンセルした理由もよく分かります。
高い成果を得られるということは、運用主体である自分が本気で、しかも今までの自分の限界を超えて頑張る必要があるということなんですよ。
 
ただ、その努力を本当にすごい成果につないでくれるノウハウとサポートがある、というだけの話。
 
自己投資では、運用主体はあくまで自分ですからね。
 
他力本願で、今までの自分を手放す勇気がなければ、高いお金を払って本物の先生についても無駄に終わります。
 
それだけは忘れないようにしたいものです!

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