「古典」はいかに読まれるべきか?── その3つの次元

「古典とは何らかの意味で変革の書である。」
── 向坂逸郎著『読書は喜び』

古典はしずかに、おくゆかしく真実を語りかける…
そんな存在であるかに見えますが。
 
実は、書かれた時代には、科学に変革をもたらし、
社会を変え、体制を覆すパワーを持っていた、
そんなパワフルな存在であったわけです。

時が経ち、静かに語りかけるその内側には
すごいエネルギーを秘めているわけなんですね。(^^*
 
そして、その、時を超えて語りかけてくる事実は、
私たちの時代の観念に相対化を迫ります。
 
そこから何を受け取るのか?
 
単に「めんどくさい、古くさい教養」として知識の一部にするのか。
 
自分の思考を相対化し、問い直すための鏡とするのか。
 
自分の思考、あり方に変革を迫る、エネルギー源とするのか。
 
今一度、古典との関わり方を考え直してみたいものです。

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