結局のところ速読は何の役に立つのか?

「速く読んだら雑に読み飛ばしているだけな気がする」
 
こんな、しごく当然の不満を、何人かの学生さんが正直に書いてくれた。
 
これは速読技術の問題ではなく、技術の伝え方の問題だ。とりわけ、読書経験が乏しく、読書に対する苦手意識が強い学生さんを悩ませたらしい── とするならば、つまり講座の設計に失敗したということだ。申し訳なかった。
 
「説明したら伝わる」と考えることが、いかに傲慢なことか。そんなことは、教授ストラテジー、学習ストラテジーを研究する身としては十分すぎるくらいに分かっている。
 
読書が苦手で本を読んだ経験がない人、そして高校時代までの「緻密に分析的に語句を拾っていくことが読書」と思っている人に、まったく違う読書の方法を指導するんだから、そこを前提として十分にかみ砕いて伝えて、「よし、それならやってみよう」と思わせなければならなかったんだね。反省。
 
そんなわけで、悩める人達に(そしてこれからフォーカス・リーディングに挑戦しようという人達に)届くことを祈りつつ、その悩みに対する答えを書いてみようと思う。

速読の本当の意味と価値

何が失敗かって、「速読の定義」がちゃんと伝わっていなかったというのが最低の失敗だ。
 
ちなみに、フォーカス・リーディングでは速読をこんなふうに説明している。

〝いたずらに速く読んでも意味はない〟

フォーカス・リーディングで想定している「読書」というのは、何かを学ぶ作業だ。何のために学ぶのか、何のために読書をするのかといえば、あなたが世界を認識する知識の構造を変えるためであり、それによって世の中をよりよく知ることができ、その先に、あなたの思考と行動を変容させることを期待しているんだ。
 
だから、読書というのはイコール「自己教育」であり、読書のレベルを上げるというのは、イコール「サバイバル能力を高めること」なんだ。
 
知識の構造を変えるためには、既有の知識と新しい知識を統合し、新たな構造を構築しなければならない。それは自分の知識を柔軟に編集する作業であり、新たな知識を生み出す、とても能動的な作業なんだ。
 
そんな作業を、軽やかにスピーディーにこなせるだろうか? そんなことは無理に決まっている! ── 悩んだ諸君は、このことに気づいたわけだ。いや、気づくも何も、講座でそう説明しているんだけど。
 
速く読んでも分かるものは分かる。速読で読んで、十分に理解できたと思っても、思いのほか「生きた知識として取り出せない」と感じるとしたら、それは処理が十分じゃないということ。だから講座では、わざわざ理解と想起のモニタリングを習慣づけてもらうようにするし、理解と記憶を確かなものにするために読書ノートの作り方を指導するわけだよ。(読んだ後に書き出す作業や既有知識と関連付ける作業を何のためにやっているか思い出して欲しい。)
 
逆に速く読んだら理解できないものも多い。基本的に語彙にせよ、フレームワークにせよ、自分の知性を超えたレベルのコンテンツは速く読めない。
 
ちゃんと理解しようと思う内容、じっくり読み解かないと理解できない内容は速読で読んだらだめなんだ。「私は英語の書籍であれば、1ページを読むのに15分かかる。日本語でも同じことは起こりうる」っていう説明は伝わらなかっただろうか?

では、何のための速読なのか?

「じゃぁ、何のために速く読む練習をするのか?」
 
そう質問するだろうか。
でも、そんなことは分かりきっているし、十分に説明したつもりだ。
 
ゆっくり、じっくり読んだら得られない理解があるから。
ゆっくりしか読めないと、結局読書に対する苦手意識が取れず、本を読むようにならないから。

速く読んでこそ得られる理解がある

講座の中で説明したこちらの図を、もう1度説明しよう。

 
上の図中の横軸で示されるように、読書の理解には「ミクロ視点で、言葉を分析的に読む」作業と、「マクロ視点で、全体の構造を分析的に読む」作業とがある。
日本には読書指導も読書教育もないから、実は読書が苦手な人は、そのどちらもできていないと考えた方がいい。
 
もし読書が苦手なあなたが「じっくり読んだ方が理解できる」と思っているなら、それは日本人特有の「がんばることはいいことだ」というのと同じレベルで、きっと思い込みだ。もちろん「人それぞれ」ということは百も承知だが、ミクロの分析も感覚的に(適当に)やっちゃってる可能性があるし、本まるごとの論理構造なんて、まったく把握できていないはずだ。
 
前者の「ミクロの分析」という部分では、次の2枚のスライドを見せて説明したよね?

主語・述語、係りと受けが感覚的にとらえづらい文の例


この長ったらしい一文の主語と述語はどれで、文中の各語句が何をどう修飾しているか、分析的に説明できるだろうか?

書かれている言葉のイメージが分かりづらい文の例


こちらの文はどうだろう? これも長ったらしい一文だ。
こちらについては、主語と述語がとらえづらいだけじゃなく、言葉の使われ方も独特であり、一読してすんなりと理解できない人も多いはずだ。
 
こういった文をすんなりと読み解けるように、分析的に読む練習もじっくりして欲しい。
でも、それはそれとして、「丁寧に読めば価値が上がる」という幻想は捨てて欲しいと思うんだ。速く読めば失われるものがあることは百も承知で、速く読むことでしか得られないものを取りに行くのが、フォーカス・リーディングの考える速読技術なんだ。
 
そう。技術だ。
 
トレーニングによって使いこなせるようになる類いのものなんだ。
次の言葉は、この講座を受けた人なら誰でも憶えていて欲しいと思っている。

速読とは読書の価値を最大化するために、TPOに応じて速さをコントロールする技術

どうだろうか。講座で説明したことだけど、思い出してくれただろうか?

速読は結局、何の役に立つのか?

ここまでの話を踏まえた上で、速読の使い道を整理しておこう。

速読がもっとも価値を発揮するのは、「概要把握にフォーカスした下読み」と、「全体の確認と整理のための振り返り」だ。

そのためにスキミングの技術と、全体をスキャンするような視野で読む技術の2種類をトレーニングしたんだけど、あらためて理解してもらいたい。

いつも通りの理解を保ちながらスピードを上げられるのは、一読してスムーズに理解できる「よく読むジャンル・レベルの書籍」までだ。

ゆっくり分析的に考えながらじゃないと読めない本を読む場合、上述の下読みと振り返り以外に速読の出番はない。
だからそういう難しめの本を月に1冊でも2冊でもいいからじっくりとかみしめて読む作業をして欲しいって話もしたと思う。そういう読書だけが君の脳みその回路を強くするし、語彙を増やすのに役に立つ。
 
そう。一般的に「頭がよくなるための読書」では、速読というのは、あくまで「下読み」と「振り返り」だけで速読を使うものだ。というか、下読みと振り返り、その間に挟まる「じっくりと深める読書」がセットになって初めて、理解の面でも記憶の面でも効果の上がる読書になるんだ。

知らない世界を「とりあえず知っておく」ための読書は、量をこなすために、割り切って理解度を75%(ちょっと軽めの読書)くらいに設定してサクッと読みこなそう。

逆に、平易なビジネス書や自己啓発書といった、行動やマインドを変革するための読書であれば、下読みなしの一発勝負・理解読み20-30分で、そこそこの理解度でいいだろう。読むことに時間をかけて自己満足で終わらせるより、さくっと読んでTo doリストに書き出して実行した方が学びが大きいから。

読書の価値を高めるために、読み方をシフトしよう!

どうだろう。速読を学ぶ価値が分かっただろうか?
 
僕が伝えたかったのは「速読技術」じゃないんだ。
 
読書を自己満足で終わらせている現状や、読書を敬遠して自分の未来を狭くするような残念な現状。
そんな現状を変えるための、新しい読書習慣を手に入れることなんだ。
 
だから「速さをコントロールする技術」としての速読スキルは、あくまで効果的な読書を作る読書ストラテジーを効果的なものにするための道具に過ぎないんだ。
 
いい? もう一度整理しながら伝えるよ?
 
速読は読書ストラテジーを効果的に行うための技術に過ぎない。
読書ストラテジーは、読書を効果的におこなうための道具に過ぎない。
読書は君の未来を創るための手段に過ぎない。
 
だから、君が速読を受け入れようと受け入れまいと、そんなことはどうでもいい。
 
もし君が、自分が速読できなかったことの遠吠え的な言い訳として「速読の意味が分からない」とうそぶく酸っぱいブドウのキツネ的マインドでないなら、と条件を付けることになるが。
 
もし君が、自分に必要な価値の高い本を、時間をかけてじっくりと、しかも何度も読むことで未来を変えていくのであれば、僕はそういう君の読書を無条件に賞賛しよう。
 
12年ほど前のことだけど、速読講座を受講して、速読がまったく身につかなかった男性がいたんだ。
彼は速読は身につかなかったけど、「せっかく読書を価値あるものにする考え方が身についたんだから実践しよう」と言って、ドラッカーだのビジョナリーカンパニーシリーズだのと言った、本格的なビジネス書ばかりを年間80冊くらい読み、その内容を人と語り合い、定期的に読み返し知性を変えてきたんだ。
 
彼は受講当時いちエンジニアに過ぎなかったが、10年経過して、当時から勤めていたグローバル企業の子会社の社長にまで昇進した。
 
そんな彼が僕に言ってくれたことがある。
 
「寺田さん、私は速読以外の部分では、講座で学んだことをちゃんと実践し続けてここまで来ました。読書が私の人生を変えてくれたことは間違いありません。」って。
 
どうだろう? ── 僕が本当に期待しているのは、速読技術の修得なんかじゃない。その彼のような人生を変えるような読書のシフトなんだ。
 
ぜひ君にも、そんな読書を、そんな未来を手に入れて欲しい。

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