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【BizDojo】著者の語る概念を的確に理解しよう!

課題図書
『大人のためのメディア論講義』
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学術

今月の課題図書

『大人のためのメディア論講義』

今月のテーマとねらい

  1. 書籍を何度もフォーカスを変えながら読み重ねることで理解を深める。
  2. 著者の文脈で使われる言葉と日常的な語いとの定義のズレを確認しながら読む。
  3. 著者の語る(定義する)概念を、自分の言葉で置き換えながら、的確に理解する。

今月のワーク

  1. 書籍全体を最低5回読み、1回ごとの読破に要した時間と得られた理解度を記録してください。
  2. 5回読んだ上で、「どうしても理解できなかった部分」を5箇所書き抜き、自分なりに考えたこと(自分なりの理解)を言語化して書き添えてください。
  3. 次の3つの言葉の意味・概念をそれぞれ200文字から400文字で説明してください。
    (1)「文化産業」(第3章のキーワード)
    (2)「すべてをアルゴリズム化する」(p.120)※書籍全体を俯瞰して説明する
    (3)「メディア社会に再帰的になる」(p.210)※メディアとは何かを明確に定義づけた上で!

■課題提出〆切は6月20日の正午です。
■読書会(6/26 19:00-20:30)への参加希望はコメント欄で表明してください。課題を投稿してくださった方のみご参加いただけます。(IGにご参加の方はIGにも投稿してください!)
■課題提出および読書会参加はアクティブ学習コース会員さん限定です。
読書会のzoomにエントリーする(本名表示を!)

2021年7月以降の課題図書

コメント

    • Yokota_s
    • 2021.06.13

    横田です。課題提出します。読書会は不参加です。このごろ月末に色々なZOOM会議があり
    重なってしまって本当に残念です。1冊の本を短期館に5回読んだのは生まれて初めてです。

    課題1
     1回目 3時間 70%
    2回目 2時間 80%
    3回目 1時間 60%
    4回目 2時間 80%
    5日目 30分 50%
    切り口が面白くてついつい流せずに初めから理解したくなりました。

    課題2
    p69l4 ソシュールは…l6不思議なことをしています。
    自分には不思議なことには思えない。

    p71l4 フロイトの精神分析
    どんな装置で書き取ったのだろう?

    p169 我々はメディアコンテンツを構成するさまざまな成分についてもっと意識的になる必要がある。
    具体的にどんな成分があるのか?それに意識を向けても批評には結びつかないのではないか?批評する時間をどう確保するかとかコンテンツそのものをどう批評するかのほうが大事ではないのか?

    課題3
    (1)文化産業
     20世紀のアナログメディア革命により、人間の意識生活(思い出、憧れ、娯楽、夢)を作ってきたのがハリウッドに代表される文化産業である。労働における効率的な生産の代表はテイラーシステムやフォーディズムであるが両者はマーケティングを通じて結びついている。アナログメディア革命の労働への影響がフォーディズム、精神への影響が文化産業である。文化産業が消費を生産することで(欲望に働きかけることで)消費を牽引してきた。文化産業が提供する意識生活にどっぷりつかった生活は生きるノウハウを自ら作り出せなくなる可能性がある。
    文化産業はアメリカ資本主義の覇権を考えるうえで欠かせない要素である。

    (2)すべてをアルゴリズム化する
      今や個人がスマートフォンを持ち、世界がデジタル化している。情報が簡単に得られるようになると検索の頻度が多くなる。どんなことを探したのかはコンピューターに逐次記憶され、個人の好みや志向が履歴として残り、生の人間はデジタルの世界でも個人として(つまり個人のアバターとして)存在することになる。個人の思考までも数字で表され計算可能となるのでカスタマイズされたお勧め商品や人間の繋がりが勧められるようになる。当然外の世界との生の繋がりは希薄になる。人間の生き方までもコンピューターに合わせるようになっている。強制ではないにしろ人工知能のプログラムで制御されて、人々の行動がすべてトレースされて方向づけられ原理的には自由が存在しない世界になってしまう。

    (3)メディア社会に再帰的になる
    メディアとは人の知覚の延長であり記憶と忘却の装置である。(しかしデジタル情報は劣化、消失しない)メディアの発達により我々はあまりに多くの情報に晒され、注意力をコントロールできなくなっている。危惧されるのは象徴的貧困、つまり文化産業が生み出す大量の画一的なイメージに包囲されてしまった人間が貧しい判断力や想像力しか手にできなくなることによる心の貧困である。こうした問題に注意し意識的になり深く考えなければならない。子供達には情報の過剰に対する教育が必要であるし、技術的無意識による情報には技術による意識の対抗が必要である。

  1. rieut
    • rieut
    • 2021.06.11

    高山

    【課題1『時間/理解度』】
    1回目…P(C+)/45%/22分
    2回目…R(B+)/80%/39分
    3回目…R(B)/85%/32分
    4回目…R(B-)/75%/24分
    5回目…S(C)/70%/16分

    なお、
    1~3回目は6月7日
    4~5回目は6月10日に実施。

    【課題2 理解できなかった部分】

    理解できなかったというよりは、著者と対話が成立しなかった部分を抜粋。

    1.メモリーとリマインダー

    文字を見て何をどう思い出し結びつけるかは正直人それぞれの基礎的な能力や年齢性別、または環境に寄るものが大きい。
    テキストベースで表面的にしかとらえていなければ仮にそれが書籍だろうが立体的な画だろうが関係ないし、どのような媒体であれ単純な文字だけで記憶の結びつきや”思い出す”という働きのトリガーになる・ならないといったことは一概に判断できない。

    2.知覚と意識は作られる

    メディアは最初記憶装置だったが発達すれば忘却装置になっていく~中略~記憶するふりをするようになるとの記載。
    メディアが多様化し便利になることで、人は想像力を働かせる必要がなくなる訳だが、覚えておく必要があるかどうかもセットになって記憶すべきかどうか判断するようになったとは考えられないだろうか。
    つまり『覚えられない=記憶・記録能力が弱くなった』のではなく『最初から覚えていない(と判断している)』ということである。

    メディアが進化していなかった時代の人間が現代人より脳というメディアを行使して記録をすることに注視していた訳ではなく日々生きるのに必死だっただろうから、つまりは当事者か他人事かによってメディアの使い方や目的が異なることは変わりない。

    3.アルゴリズム型統治

    もっとも恐ろしいのはメディアによって人の行動がレギュレートされることなのかもしれないが、本書自体が1つのメディアとして著者の考えるメディア論について、メディアが進化しすぎて人知を超えた到達点まで表現してしまうことに警鐘を鳴らすことで、読者が「そうなのか」と思いこまされる点にもある。

    各々がどのようにメディアから発された情報を受け止めて、”わざわざ”各位の脳で記憶するか否かを判断するかはメディアとの付き合い方ありきなわけで、昔のアナログの方が良かったという理屈にはならない。

    4.メディアの気持ちになる

    知人で、無機質なものにもすべて心があると豪語するおばちゃんがいる。
    大切に使えばモノは長持ちするし、かつて各家庭にあったブラウン管のテレビが、その人の蹴る強さ・角度で復活したりする人知を超えた事象はまさにメディアとの意思疎通といえる。
    何も言わずにいつの間にかそこにいて「なければもう生活できない」という程にメディアを生活に取り入れていることを『技術的無意識』というのであれば、テクノロジーを意識的に遠ざける人は「賢い」または「メディアに毒された世界を拒絶するカッコいい人間」と解釈できる訳ではない。
    メディアの気持ちになったとき、果たしてメディアは「人間の気持ちを理解しようとしてくれている」のであろうか。

    5.電子書籍

    本を読めない人間がいる、だから電子なら読みやすいよねという惰性の産物とネガティブに捉えるか。
    はたまた、多くの本を持って歩くのは物理的に大変だから、分厚い本でも持ち運んで読むことが出来るというベネフィットのみに焦点を当てたテクノロジーの進歩と肯定的に考えるか。
    これはまさに「ただ本を本として読む」のか「目的をデザインし、戦略的に何か新しい知見を知り自己成長をしようとするか」でまったく解釈は異なるはずである。
    おそらく電子で書籍を読むというのは『何をどのように読もうとしたのか』で全く変わるため、すべてのメディアに『意識的接触』をするだけですべて解決するのではないだろうか。
    本書で唯一、著者の感情的な一面を垣間見た。

    【課題3】

    「文化産業」

    人間の能力で補完しきれない情報の処理をメディアが行うことによって、人間はいつしか出力された情報を脳で補完するようになり、メディアが書き出す記号の寄せ集めが世の中でベーシックな意識であるとされた。

    例えばバレンタインだからチョコを食べる、土用の丑の日だからうなぎを食べるといった「みんながそうだから自分も」という判断である。

    メディアによる情報操作によって同調圧力が働き、本来は主体的なはずの意識をメディアによって作り出されることで”わざわざ考える必要のない”簡単な価値を生み出したことでマーケティングが生まれ、欲望を満たす価値提供が一般化されモノが売れるようになった。

    人間の文化の中に浸食したメディアによって、人間の無意識下に潜むニーズを無理やり引き起こすことでベネフィットを与え、経済的価値を生み出した産業。

    「すべてをアルゴリズム化する」

    人間は元々、表情と言葉のみで社会を形成した。
    より社会の中で情報の伝達や、やりとりの利便性を求めメディアを生み出したが、メディアは人間の脳でも処理しきれない領域でも記録できるまでになった。

    やがて進化したメディアは過去に人間から出力された情報をすべて記録し、人間から記憶する必要性を奪った。
    既に人類が出したことのある情報によって、無意識のうちに人々の個性や生活はパターン化され、最適化していく。
    つまりメディアに価値観や意識を計算=アルゴリズム化され、自分の意志で決めたようなことも実はメディアによって造られるに至っていることを意味する。

    これは一見すると頭を使う必要がないため「メディアのおかげで便利になった」ともいえるが、その便利さに溺れた大人たちがメディアに合わせる生活をする社会になる危険性を帯びている。

    いわば『メディアの奴隷化』を意味した言葉といっても過言ではないだろう。

    「メディア社会に再帰的になる」

    テクノロジーが進化してメディアが進歩すると、人々の文化的な生活のなかにはあらゆるメディアが入り込み「ないと生活できない」状態と化す。

    生活におけるあらゆる決断がメディアに左右され、自分本来の主体性も徐々になくなっていく。

    主体性が浸食され、注意力を奪われることで思考停止となった「象徴的貧困」な人は、メディアに精神を飼われているといっても過言ではない。

    しかし、メディアはけして悪者ではない。
    むしろ正しい付き合い方をすれば人類がさらに進化するための重要アイテム、まさに「不思議なメモ」となる。

    そんな、人間の限界をはるかに超えた処理能力を持つメディアを”補助具”として主体的に利用する側として”大人”が先陣を切り、本来あるべき意識の在り方へ再帰することで、未来を担う子ども達がきちんとしたリテラシーを持ってこれからの社会を育むことができるはずだと本書は警鐘を鳴らしている。

    読書会参加します!

    • MasaTerada
      • MasaTerada
      • 2021.06.11

      さっそくありがとうございます。
      著者との対話が成立しなかったものについて、主にどのページに出てきたものかを教えてください!

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