ビューティーコロシアム出演者のその後は?


12時の鐘が鳴って魔法が解けたシンデレラ。
でも、結果的にお妃として迎えられました。
これは絵本の世界。現実の世の中、
「魔法が解けた途端にすべてが素に戻り、2度とあのステキな世界に戻れませんでしたとさ。めでたくなし、めでたくなし・・・。」
(ヘッタ・チャン風に)
そんな話にあふれています。
たとえば、フジテレビのビューティーコロシアム出演者たち。
「見た目」で不幸を背負ってきた人たちは、整形手術とプロによるメークアップだけで本当に幸せになれたんだろうか?
── そんなことを考えてしまいます。
作られたもの、人からかけてもらった魔法は必ず解ける。
魔法が解けた後、もう1度、輝きを取り戻すために何が必要なんでしょう?
シンデレラのようにハッピーエンドで終わるために必要なことは何でしょう?
「魔法が解けた!」-「その後」にハッピーエンドをつかむためのポイント
「輝き」につながるプロセスを手に入れたか?-それだけ。
人からかけてもらった魔法は必ず解けます。お化粧だって、ネイルだって、数学の解き方だって。
ビューティーコロシアム(BC)出演者も、番組が終わって2日たったら普通の人になってるはず。彼女はそんな「普通」になったことを喜べているでしょうか。
いや、彼女らの場合、その「普通」が欲しかったわけだから、ある意味でそれで十分と感じたかもしれません。でも、録画と記憶の中に残っている「輝いていた自分」と、普通になってしまった自分を比べてしまうと、多分、ため息が出てしまうでしょうね。
そして、「普通」から「あの輝く自分」に近づけるように、自分を磨いているでしょうか。
気になります。
すべては自分の責任。それが第一歩。
BCの出演者には、本当にかわいそうな人もいます。同情すべき人もいます。けなげに生きてきた人もいます。
でも、すべてを「自分が美しくないから」に帰結させ、責任転嫁してきた人も多い。
そういう人はキレイになったとしても、その「輝き」の使い方が分からないんじゃないかな、なんて考えます。
ある意味、突然天から降ってきたラッキーを、ちゃんと自分のものにできたのかしらん?
ラッキーを自分のパワーに変えて、未来につながるハシゴをかけられた人は、きっと大丈夫。BCでも、そんな心がステキな女性もたくさんいましたよね。
魔法が解けて残ったもの。それをクールにとらえられたか?
魔法は解けたけど、前よりもグッとステキになれた自分。
クールに現実を受けとめ、素直に「今」を喜べたら、きっと彼女は大丈夫。
髪のセットが崩れて、メークが落ちて、素の自分に戻った時、それでも「生まれ変わった自分」に喜べたか。笑顔で生きることの素晴らしさを大事にできたか。
自分は自分でしかありませんし。がんばるのも、くさるのも、すべては自分の心次第。
シンデレラがお妃になれた理由。
シンデレラが輝けたのは魔法のおかげ、ではありません。きっと。
継母や血のつながらない姉たちにいじめられながらも、懸命に生きてきたシンデレラ。心を折らず、清くあり続けたシンデレラ。
魔法が解けた翌日も、辛い生活を耐え続けたシンデレラ。
小鳥さんたちが彼女を助けてくれたのも、そんな彼女の健気さを見ていたからですよね。
魔法はいつか解ける。物語でない限り、それでハッピーエンドなんてことはありません。
でも、現実を見つめ、それまでひたむきに努力してきた人は、一瞬の魔法で永遠の幸せをつかめるかもしれません。あるいは魔法が解けたとしても、そのイメージを忘れず「輝こう」と思い続けられたら、きっとまた、その境地に戻ってくることができるでしょう。
グリム童話の「シンデレラ」は、きっとそんな教訓を教えてくれてるんです。
(「そんな教訓、ねーよw」というツッコミは不要ですYO♪)
速読を学ぶあなたがシンデレラから学ぶべき3つのこと
速読に限らず「シンデレラの魔法のような学び」って、すごく多いものです。
その魔法の結果を、やがては自分の輝きに変えていくためには、3つの心がけが必要です。
「輝いた瞬間」の記憶を忘れない
たとえば「高速道路から降りた時の効果」で速読体験をしたとします。
確かに高速道路から降りた時は時間の流れがゆっくりに感じます。でも、その効果は料金所まで。その感覚を、普通の道路を走行中に再現できる人はいません。もう1度体験したかったら、また高速道路を走らなければならないのです。
でも、です。
その時に手に入れた「時間の流れが変わった感覚」を、しっかり受けとめてみてください。
・視野の広がりは?
・意識の状態は?
・読んでいる時、頭のどのあたりで情報を処理してる印象?
そんなことをクールに受けとめて「体験」として残して行ければ、あとは魔法をかけてくれた人に頼らず、自分であれこれ試行錯誤していけばいいんです。
だって、相手は魔法をかけるしか方法を知らないわけですが、体の感覚は自分の中に確実に残っているんですからね。あとは、それを手がかりに自分で体を使ってみるだけです。
「素に戻った自分」から始めよう
速読教室に行った日は速く読めたけど、1日たったらスピードが落ちていたorz そんな話はよく聞きます。
でも、読書が苦痛だった日々と比べてどうでしょう? 少しでも楽に読めていませんか?
もし、そうなら「前よりも少し読書を楽しめている自分」を楽しんではいかがでしょう?
「もっと楽に読めたはずの自分」にとらわれず、でも、それをしっかりイメージとして描きながら。
■でもやっぱり、魔法をかけてくれる人より、技術を教えてくれる人を頼りにしましょう(笑)
コンサルタントさんでも、魔法を掛けてしまう人っているんですよ。
信じて言われたようにやればうまくいくけど、自分では再現できないし、アドバイスした本人も「天から降ってきた」的な状態。(笑)
だから発展していくには、永遠にその人の世話にならなければならない・・・と。なんか卒業できない学校みたいな状態。
「目指す境地」をスキルとして語れる人、苦労の道を歩んできた人にしか、もがいている人へのアドバイスって語れないもの。
あなたの先生は、魔法に頼らない、上達のプロセスを教えてくれますか? 実演して技術を見せてくれますか? スキルの微妙な感覚を言葉で説明してくれますか?
教えを乞うってのは、先生の持っているスキルを学ぶこと。そして、その先生からの教えが不要になるように成長すること。
当たり前の話なんですが、それを忘れないようにしたいところですね。
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