[11]速読を科学する #3/5

「速読を科学する」の第3弾です。言い古された「なぜ速読は可能なのか」というフレーズを捨て去り、「そんなに簡単なものなら、なぜ速読を修得出来ない人が大勢いるのか」ということを考えてみます。
☆考え方の視点を変える
これまで多くの速読教室は脳の無限の可能性を根拠に「だから、誰でも速読できるのです」と語ってきました。しかし、脳の持つ可能性や潜在能力が無限大だったとしても、私たちの能力には厳然たる差があります。野球などのスポーツに能力の大きな差があるのは誰もが認め、「誰でもできますよ」と言われたら「そんなはずはない」と言えるのに、「脳」のこととなると無限の可能性を確信してしまうのはなぜでしょうね。
一つには計算能力や国語の読解力などのような学力に見られる『脳力』とは別の次元で、私たちが、人間の、あるいは自分自身の脳の潜在能力のすごさを実感できるからでしょう。そして脳というものが、私たちの体の中でも、その存在をリアルに感じにくい部分だという側面もあるでしょうか。そしてそういう「実感しにくさ」につけこみ、あなたが感じている「すごさ」を根拠として「あなたもすごい脳力を発揮できるのですよ」と、速読教室は甘い誘惑の手を伸ばしてきます。これはまさにダイエットや幸運のペンダントのような商法とまったく同じ手口です。
ここでは、これまでに語り尽くされてきた感がある「どうして速読ができるのか」というものとは違う視点で考えてみることにします。
「じゃぁ、そういう脳の無限の可能性にもかかわらず、私たちはどうして速読できないの?」という視点です。これは研究者の視点を離れて教育者の視点に立つということです。「速読できるのは~だからである」あるいは「速読ができているとき、脳は・・・という状態になっています」というように理論を展開するのが研究者だとすると、現実に目の前にいる人がどうしたら速読できるようになるのか、なぜつまずいているのかと考え、いろいろな指導法を提案するのが教育者です。これは速読に限らず、あらゆる分野で言えることかも知れませんね。研究室で作られた理論を、どう商品にしていくかというのも同じことでしょうか。
☆本当に「誰でも」「確実に」修得できるのか?
どの速読教室でも「誰でも」とうたいます。本当でしょうか?いや問題提起するまでもなく、これが事実に反することは明らかですね。そのもっとも分かりやすい例が「速読できない速読インストラクター」さんの存在です。「誰でもできます」とうたうその教室の公認インストラクターさんが速読できないんです(笑)。数名の方を知っていますが、みなさん速読できません。私のところに教えを乞うてきた方もおられます。ちなみにその教室は5000文字を初級と見なし「誰もが短期間で修得可能」としています(ちなみにSRRでは5000文字というのは最上級レベルと位置づけています)。誰でも修得可能なものをインストラクターが修得していないというのはおかしいですよね。しかも初級レベルを。もちろん、自分も修得できていない技術を人に教えることができるはずもなく、その教室は非常にたくさんの挫折者を生み出しています。SRRにもたくさんの挫折経験者の方が訪ねていらっしゃいます。
そういう極端な例をみるまでもなく「誰でも」は明らかにうそなのです。それが本当なら、日本は速読術修得者であふれかえっているはずです。野球や柔道で「誰でも一流になれます」って言われたら「そりゃうそだ」とすぐに分かるでしょう?だったら速読でも同じことだと考えてください。
☆なぜ速読できないのか?
では、私たちは「無限の可能性を秘めた脳」を持ちながら、なぜその力を存分に発揮できないのでしょうか。その原因を知ることは非常に重要です。数学でも水泳でも野球でも「こうやればできる」という理論・理屈は分かっていても、現にできない人がいます。そういう人を前にして「可能性(とその理論)」を語ることほど無意味なことはありません。その人が抱えている壁を指摘し、それを乗り越えるための具体的な方法こそが必要なのです。
手前みそな話になりますが、玉城の運営する学習塾では、学習に重大な困難を感じ、学力低迷に悩んでいたたくさんの子ども達が、驚くほど成績を上げていきます。これも、数学が分からないからといって解き方を教えるのではなく、なぜ数学が分からないのかという部分に立ち返った指導をおこなうからです。その子の抱える困難を取り除き、その子のもつ本当の力を引き出せるような、これまでと違うメソッドを提案することで、子ども達は本当に驚くほど学習が得意になっていくのです。)
実は、私たちが読書をおこなう上で速さや質を低下させる、いくつか「壁(ブレーキ)」となる要素が存在します。それを見ていくことにしましょう。
1.心の壁(ブレーキ)
「心」というと非常に漠然としてしまいますが、簡単に言えば、「自分にできるわけがない」、「そんなに速く読んだら理解できない」というような否定的な感情です。読書習慣が少なく、経験不足であるがために、神経質なまでに丁寧に読んでしまうという場合もこれに含まれます。
SRRのトレーニングでは、自律訓練法やNLPなどの手法も使いながら、「できる自分」をイメージしてもらうようにしています。一種の自己暗示ですね。近年、「イメージ」の大切さやすごさが注目されてきていますが、人間は自分ができると思ったことだけを実現するこができますし、逆にできないと思ったことはできるようにはならないものなのです。
中には「私は指で文字をなぞらないと読めないんです」とか「どう考えても自分が速読できるとは思えません」と言って譲らない人がいます。そういう人は絶対に速読術を習得することはできません。これは間違いありません。もちろん、そのような人に対しても、後で紹介するイメージトレーニングなどに解決の道を求めているわけですが、敵が「心」という他人ではコントロールできない領域である分、克服が難しいものです。
粘着質・神経質な人、ネガティブ思考が強い人、そういう人は「心の持ち方」から変えるトレーニングをしていかないと、速読術が修得できないだけでなく、人生で損をしているような気がしますよ(偉そうにいってすみません)。ちなみに、メールのやりとりを1、2回すればその人が「速読できない人」であるかどうか分かります(「できる人」はレッスンをしてみないと分かりませんが)。メールの文章にもにじみ出てくるものなのです。
実際のトレーニング中に「楽に見ていってくださいね」と言っても、ついついしっかりと目を動かして隅々まで丁寧に見てしまう人、「トレーニングですから、あまり丁寧に、味わうような読み方をしないでくださいね」と言っても、なかなか視野が先に進んでいかない人など、神経質な人、こだわり症な人、完全主義の人などはブレーキがかかりやすい傾向にあります。自転車に乗り慣れないためにブレーキから手が離せない子供、スピードが出ると腰が引けてしまいすぐに転倒してしまうスキー初心者、そういう人たちとも共通点があるかも知れません。一度、慣れてしまえば問題ないのかも知れませんが、最初の一歩を踏み出す勇気が持てないのでしょうか。しかも、スキーや自転車と違って、これまで何年、何十年も続けてきた習慣を捨てるわけですから、実は一層深刻なのかも知れません。
2.経験・習慣の壁(ブレーキ)
これには2つの側面があります。ひとつは、読書経験が不足しているために生じる限界です。そしてもう一つは、これまでの経験によって作られてきた読書のスタイルや癖によってスピードにブレーキがかかる場合です。
スポーツをしたことがない人がスポーツを楽しもうと思ったら、体力作りや柔軟体操、そして基本的な動作の練習など、基本的なことから徹底的に取り組まなければなりませんよね。そういう基本的なことに長い時間をかけて、やっと人並みに楽しめるようになるものです。
しかし、多くの速読教室は「脳の可能性は無限大だ」とか「天才科学者ですら脳の×パーセントしか使ってない」などというよくわからないことを根拠にして、誰でも簡単にできますよと言っちゃうわけです。「あなたには無限の可能性があるんです。脳をあと1パーセント使えるようになれば...」なんてことを言い出すところまで出てくる始末!そんなはずがないでしょう!脳の可能性は無限大でも、現実に発揮できる力には限界があるわけです。脳を使っている割合になるともう!何を根拠に計算したかも不明ですし、もしそれが真実だったとしても、意図的に使わずに放置しているわけではなくて、使えないわけですよ。そしてそれをどうしたら使いこなせるようになるかという科学的な研究も、確立された方法論も見たことがありません。(だいたい、天才科学者ですら使っていなかったのに、それを使えるようになったらどういうことになるのでしょう!?)
脳の可能性がどうあれ、それを働かせるには、徹底した反復練習が必要になることは間違いありません。文字の認識はできたとしても、それを把握し、思索するためには、やはりそれなりの読書経験が必要です。
うってかわって後者は、読書経験がある程度積み重なってきたからこそできてしまったブレーキということができます。読書をおこなう際、私たちは「理解可能なスピード」で読んでいるわけではありません。「心地よく読めるスピード」で読んでいるのです。例えていうなら、ニッサンのスカイラインGTSに乗って、高速道路を70キロで走っているような状態です。先ほどの読書経験不足の例が「免許取り立てのドライバー」だとすると、こちらは「一般道で走り慣れた人の高速道路デビュー」に例えられるでしょう。あなたに運転能力がないわけでも、車の性能が低いわけでも、法的規制があるわけでもないのに、気が付いたらスピードがどんどん落ちていっていて、いつもの一般道のスピードになりかけていた・・・という感じです。もしあなたが自動車の免許を持っていらっしゃるのであれば、高速道路デビューしたての頃を思いだしてみてくださいね。高速道路も走り慣れると、なんてことはないでしょう?実は読書も似たようなものなんですよ。
ちなみに次の「意識の壁」と大きく関係があるのですが、私たちが「心地よさ」と「安心感」を持って読むためには、たいていの場合、(実際に声に出す、出さないは別として)音声化することが必要になります。
それともう1つ、後者に関することがあります。それは読書スピードと理解度に関する私たちの思い込みです。私たちは難しい部分にさしかかると、ついついスピードを落としてしまいがちになりますよね。これは頭の中で読んだ内容を反すうして、理解不足を補おうとする意識的な行為である場合もあります。あるいは、内容や用語、あるいは漢字が難しいために脳の視野が狭くなり無意識にスピードが落ちてしまう場合もあります。いずれにせよ私たちの中に「理解度とスピードは反比例する」という思い込みがあるのは確かです。
どうしてもそこでしっかりと理解しておかなければ先に進めないという難しい論理であれば、確かにスピードを落として、かみしめるように読むことが必要かもしれません。しかしむしろ、スピードを落とすことで、前後のつながりを途切れさせ、全体の文脈を分かりづらくさせてしまい、いっそう理解が困難になる場合の方が多いのではないでしょうか。難しいと感じたところを音読していたら、前後の結びつきがわからなくなってしまい、もっと前の部分から読み直すはめになったり、同じ所を何度も何度も読み返したりしながら、しばらく頭をひねって、ようやく前に進むことができる...という経験もあるでしょう。
英語の学習「分からない単語が出てきても、立ち止まらずに流していった方がいい」という話をよく聞きますよね?それと同じだと思ってください。全体像が見えてくることで、読んだときに分からないと感じていたことが理解できたということもあるはずです。学習の場面では、これは「全体から細部へ(Whole To Detail)」という大きな原則として語られます。細かな人物や事件は、社会全体の大きな流れをつかんだ後の方が理解しやすいし、記憶もしやすいということです。
3.意識の壁(ブレーキ)
私も、「脳の潜在能力は無限大の可能性がある」ことは否定しません。「潜在意識は高速かつ大量に情報を取得できる」ということについても否定する材料を持ち合わせていません。このいずれも、速読教室の常套句ですね。
しかし、と考えます。私たちは意識で読書をします。「意識」とは「顕在意識」とか「表層意識」と言われるものです。基本的に私たちは、この「意識」でとらえた情報のみを活用することができます。もっと言うならば、声に出して(実際に声に出すか、頭の中で言葉にするか)確認した情報を「確かな情報」として活用することができます。
私たちは言葉にするまでもなく「寒い」と感じることができます。実に当たり前です。しかし「寒いなぁ~」と言葉にすることで実感が深くなりますよね。あるいは、外出するとき、いつもどおりパパパッと電気や火の元を確認したとします。これはほとんど自動的な確認作業ですからわざわざ言葉にしません。目で見て確認できますよね?しかし、家を出て10メートルもいかないうちに「あれ?アイロンのコンセント抜いたっけ?」と不安になります。これが言葉にしなかった情報のもろいところです。その時はわかったつもりでも、直後に消えていくわけですよ。
学習の世界では潜在意識で得た情報は、あくまで学習の準備として活用します。「記憶しよう!」などというストレスを取り去り、リラックスした状態で学習情報に触れることで潜在意識(意識下)に学習情報を落とし込みます。感覚としては深い海に宝物が沈んでいるような状態で、「こうだったでしょ?」と提示されても「そうだったっけ?」と確信が持てない場合も多いものです。しかし、潜在意識は確実に受け取っている、記憶のどこかに残っていると確信することにします。その確信にもとづいて、沈んでいる学習情報を浮かび上がらせる取り組みをおこなうのです。これはポール・R・シーリー氏の開発した「フォトリーディング・ホールマインドシステム」という技法として読書にも応用されています。
※フォトリーディングは米国ラーニングストラテジー社の登録商標です。
やや話がそれた感がありますが、つまり、読書は意識のレベルでおこなわなければならないし、それは脳の無限の可能性にもかかわらず、非常に限界が低いものなのだということです。「速読の科学」で有名な佐藤正泰先生の研究や、私たちの経験から考えると、その限界は1分間あたり2000~2500文字が限界と言っていいと思います。
以上、速読術の修得が難しいわけを解説してきました。いかがでしたか?最後に、速読術修得の可能性について解説します。
(つづく)
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