速読術関連コラム
[07]速読修得に「音声化」は悪?
「速読は音声化しない読み方だ」と語られます。しかし、これが真実だとしても「音声化しない練習」をすればいいというわけではありません。「見る訓練、読む練習を繰り返していたら音声化が薄くなって、意識しなくて良くなった」という状態になると考えてください。大事なことは「頭の中で読み上げないと理解できないという固定観念を捨てる」ということだったり、「過度に音声化しない」ということだったりします。
速読の基本は「音声化しないこと」だと語られます。なんでこれがそんなに強調されるかというと、おそらく、速読できない人が推測とノリと思いこみで語っているのが原因だろうと思います。もし教室がそんなことを主張しているとしたら、それは「できる人」の現象だけを見て、目の前にいる「できるようになるために、トレーニングをしている人」を置き去りにしてしまっているのだろうと思います。
もちろん、本当に速読を修得したら「音声化」ということは意識しなくなります。しかし「確かに読んでいる」という感覚は残ります。音声化は軽くするべきものではあっても、なくす必要はありません。
そして、それは目指すべき目標であったとしても、取り組むべき課題ではありません。
数学の問題の答えが一瞬でひらめくのも、トイレの看板を見て瞬間的に理解できるのも、すべては「しっかり見て、読んで、理解する」というトレーニングを踏まえているからです。何度も何度も繰り返して、反応の回路ができてしまった状態ですね。いきなり「ひらめき」の練習なんかできっこありません。本でも同じことだと考えましょう。
ちょっと自分の体験談に入って申し訳ないのですが、私はやや数学のセンスに欠ける少年でした。高校の1学期の中間考査、2週間ほど前に中間考査のプレテストのようなものがありました。結果は・・・30点。
「100点に足りない点数÷10」の枚数分、同じ試験問題を解いて提出するように言われました。つまり7枚やってこい、と。クラスでも最底辺のグループにいました。(つまり枚数が最大の部類ですね。)
機械的に書き写してだしてもよかったのでしょうが、まじめに解いていたために、まったく進まず、あっさり提出期限を過ぎてしまいました。1日遅れるごとに1枚増加・・・。結局、最終的に12枚を解いて提出しました。
その結果どうなったか?
中間考査、200点満点(100点のテストが2つ)の197点。多分、学年でもトップだったのではないかと思います。(それっきりでしたが。)
同じ問題を12回も解いていれば、そのうち、問題文を見ただけで答えが浮かぶようになります。そして、おもしろいことに、当日の試験は当然数字も出題形式も違うのですが、やはり問題を見ただけで数式というか答えが、一瞬で浮かぶんですね。その結果、余裕をかまして解き終えることができたんです。
右脳(潜在意識)で理解するとかいうのも、こういう状態なのではないかと思ったりもするわけですが、「音声化しない」というのも似たような状態だろうと考えられます。
最初から「文字を見て、音声化せずに理解する」練習をしていれば、いつか理解ができるというものではなくて、「きちんと読む」「しっかり見て、視点を移動させる」「広く見る」「受動的読む」などのトレーニングを積み重ねていくことで、初めて実現できる、到達できる境地だということです。
そういうことを抜きにして「音声化しないで読む練習」をしても、とうてい目標は達成できないでしょう。
また、ある段階までは、そのような「音声化」の作業が残っていてもまったく問題なく読めるわけです。そしてそれをスピードアップしていたら、そのうち音声化しているとかしていないとか、あまり意識しなくなります。「あっ、読めてる」という感覚です。
自分が速読できず、速読に関する本をたくさん読んで「速読的耳年増」になっている人は、自分が体験したことがないにもかかわらず「どの本にも書いてあるからそうなのだろう」という思いこみで、ほかの人に得意げに語ってしまうんですね。「速読ってのはねぇ・・・」なんて。
ある方は、自己流速読セミナーでそう語っていたそうです。(栗田先生のセミナーの内容と、フォトリーディング・斉藤式速読術などの内容を上手にミックスした内容だったそうですが。)本当に自分がトレーニングをして速読術を身につけたのであれば、それが「見て理解するトレーニング」から得られるものではないということは、実体験として語れると思うのですが・・・。
あるネットの掲示板でも「速読とは音声化せずに右脳でイメージによって理解するため、非常に高速で記憶にも残りやすい」などと語る人がいました。右脳で理解するとか、イメージで理解するというのはどういう状態なのか分かっていて書いていらっしゃるのか、はなはだ疑問です。おそらく、速読本で得た知識で「耳年増」になっているだけではないかと・・・。
ともあれ、「音声化しないで理解する」ことは結果として実現するものであって、それを求めて「読まずに理解する」トレーニングをして達成できるものではありません。
そのような筋違いのトレーニングをしても、「見えたけど理解できない」「見て理解しようとしても、訳が分からない」などといって、悩むことになるだけです。
大切なのは「ちゃんと(雑にならず)読む癖をつけること」。その上で「リラックスして読むこと」、「受動的に理解すること」をトレーニングによって少しずつ身につけていけば、そのような「音声化によらない理解」に自然に近づいていくことができます。
目指す目標が間違っているとは思いません。が、それをとらえる視点が違うんですね。そして、そこに至るための道筋が。
まずは「必要以上に頭の中でかみしめて、味わわない(音声化しすぎない)」ことから始めてみましょう。リラックストレーニング、イメージトレーニングをすれば、ずいぶん近づけるはずですよ。
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