速読術関連コラム
[01]速読術とは?
速読術というのは、基本的に「速く読む技術・技法」を指すものと思って間違いありません。しかし、「読む」ということをどうとらえるか、「速さ」をどう実現するかという点で様々な立場や主張があります。もし、あなたが「これから速読術に取り組んでみよう」とお考えなら、十分に情報を集めて、それぞれの教室・流派がどのような理論・主張に基づいているか確認してみてください。また、もしあなたがこれまでにも速読トレーニングに取り組んだことがあり挫折感を感じたことがあれば、そもそも、その流派の主張が自分の求めるものと合っていたのかを確認してみるといいでしょう。意外と「読む」という基本的な部分でミスマッチをしていたのかも知れません。
★「速読術」とはどのような技術か?
速読術というのは、基本的に「速く読む技術・技法」を指すものと思って間違いありません。しかし、「速さ」をどう実現するか、「読む」という行為をどうとらえるかで、いろいろな立場や主張が存在します。それぞれの流派は似ているようで微妙に主張も中身も食い違っていますので、いろいろな視点から考察してみましょう。
※以下、内容に間違いなどがあれば、ぜひとも指摘してください。
★「速読術」についての考察─ 「速さ」の実現
「速さ」を実現する方法については、次のように整理して考えることができます。
まず、読むべき場所を絞り込み、取捨選択して読むことでスピードを上げるという考え方です。これは文章構造の明確な欧米の論文や、章立て、見出しが明示された新書や専門書において可能な技術です。欧米ではこのような速読法は学校でも教わるものであり、非常に一般的です。
次に日本語の文の構成(漢字・ひらがな・カタカナ)に着目した拾い読みです。実は漢字やカタカナだけを拾い読みをしているようでいて、周辺視野で助詞・助動詞を無意識レベルで補っていることは十分に考えられるのですが、いずれにせよ「すべての文字を丁寧に頭の中で読み上げない(意識に留めない)」ことでスピードを上げようという発想です。これは伝統的な読み方と言っていいでしょうね。
この2つの共通した特徴は、伝統的な手法であり、とりたててトレーニングが必要なものではなく、コツをつかめばすぐにでも実践できるということです。しかし、それと同時に文章構造に対する理解、読む内容についての深い知識等が必要であり、かなりの熟達者(読書経験を豊富に積んだ人)でなければ実践が難しいという側面もあります。
別の角度から考えると、前者は「本」の攻略法、つまり読書術というべきもので、マクロの視点から「本1冊をどう高速に処理するか」という発想で成り立っていますが、後者は「文」の攻略法であり、ミクロの視点から「文、文章の概要をいかにつかむか」という発想が基本になっています。
ちなみに、マクロの視点からとらえる速読法は、「本」、「論文」などのようなものを読む際には威力を発揮しますが、短い文章を読んだり、メールを読んだりする場面では威力を発揮しにくいともいえます。
上記伝統的手法に対して、眼あるいは脳、あるいは文の認識力のトレーニングを通じてスピードを上げようという発想があります。認識力を強化するという考え方は欧米の伝統的速読法にも存在し、日本では(私の記憶が確かならば)1960年代にはすでに紹介されています。一方の眼・脳を鍛えるという発想は、基本的に韓国原産のキム式・パク式速読術から始まったものと言っていいでしょう。なお、速読の流派、源流については次の「日本における状況」で解説します。
「脳」を鍛えることが脳科学的に見て可能なのか、視野を広げたからといってそれで読めるようになるのか、目を速く動かしたら速く読めるようになるのか、そういう疑問は後の「速読術の理論」にまわしますが、とりあえず「眼の運動能力を向上させる」、「視野を広くする」、「速読できる脳を作る」というわけです。
これらはいずれもミクロの視点、つまり文、文字情報のレベルで処理スピードを上げるというもので、実際、あらゆる教室が「一字一句を漏らさずに読むことができる」と主張し、さらに「記憶にも残る」とうたっています。また、それらの理論が根拠としているのが「右脳の持つ潜在的力」、あるいは「潜在意識の情報処理スピードと量」です。実は最新の脳科学の研究によって、右脳・左脳の(単純な)機能分担は否定され、「右脳で読む」とか「右脳を鍛える」などということが幻想でしかないことが明らかにされてきているのですが、ともあれ速読業界では、脳の偉大な力をシンボリックに表す言葉として「右脳」という単語が使われ続けています。
そして実はここで語られる「右脳を活用する」というのは、「潜在意識を活用する」ということと同義と考えてよく、それゆえに次で述べる「読む」ということの定義と密接に関わってくるのです。
★「速読術」についての考察─ 「読む」の実現
続いて「読む」ということをどうとらえるかというお話です。
上記、速さの実現で述べた「取捨選択」という手法、とばし読みの手法、認識力を上げるという手法のいずれも意識的な作業であり、文字に目を通すことと理解が同時に行われます。そして、これこそ私たちの通常イメージしている「読む」行為です。
一方、「右脳」をうたう教室・流派はイメージで理解する、あるいは文字をそのまま右脳に焼き付けると主張しています。そして、その処理量もスピードも左脳と比べて格段に速い、と。しかしそれは非言語の情報処理であり、潜在意識のレベルだから可能なのです。だとすると、それはどういう質の「読む」なのか大きな問題が残ります。
私が参加した、ある速読セミナーでも「こんなスピードで読んでも、全然理解できません!」という意見が出されました。それに対して講師は「何でも左脳の理解で測ろうとするからいけない。左脳の理解がゼロでも、あなたの右脳は理解している。」と説明しました(これは私の体験談)。また、右脳を活用し、活字情報をすべて右脳に焼き付けて処理するとする流派のインストラクターは、受講生から実演して(読んで見せて)欲しいというリクエストに応えて、実際に1分程度で1冊を読んでくれたそうです。しかし「読んだ内容は、紙に書いて思い出してみないと理解できない。書き出すのには1時間以上かかる。」と説明し、実際に書き出したそうです(これは私の友人の体験談)。おもしろいことに、そのインストラクターは、日常の読書(雑誌など)はいたって普通のスピードで読んでいたそうです。また別の教室では「読む」ことと「内容を思い出す」ことは別物とされ、理解できていなくても、眼でとらえられたスピードを読書スピードとして計測し、さらに上級のレッスンを受けると内容を思い出し、理解できるようになると説明されているそうです(これは受講者からの伝聞)。
実はこれが上述した「潜在意識を活用する」ことの正体です。潜在意識は意識できないないから「潜在」なのです。ということは、そのような速読術でいう「読む」とは、私たちの日常的な営みとしての「読む」とは根本的に違いがあるのかも知れません。実はこれこそが「速読を学んだが読めるようにならなかった」と嘆く人を生み出す落とし穴なのです。
★「速読術」についての考察 ─ 現実的に考えることの重要性について
「誰でも100メートルを10秒で走れるようになりますよ。実際、この記録なら高校生でも出せるレベルです。私たちは筋肉の持つ潜在力の数割しか使っていないといわれており、それを引き出すだけのことなのです。科学的には赤色筋肉の・・・」と言われたら、あなたは素直にうなづくことができるでしょうか?「確かに自分もできそう」と考えるでしょうか?
まず疑ってかかるでしょうね。「そんな記録を出せる人は、天性の素質を持っているのではないか?」、「天才でなかったとしたら、小さな頃からの努力や鍛錬があったのではないか?」、「そういう素質も、日頃の鍛え方も違うのに、誰でもなんてあり得ない」と。きっと、それはすごくまっとうな判断です。
それでは「誰でも1冊を20分で読めるようになりますよ。しかも一字一句を漏らさず読み、理解して、おまけに記憶までできるのです。実際私たちは脳の持つ潜在力の数パーセントしか使っていないといわれており、それを引き出すだけのことなのです。科学的には脳のシナプス結合の・・・」と言われたらどうでしょう?
速読術については、ちまたには大いに夢を語り、科学的根拠を切々とつづった本がたくさんならんでいます。どれも「誰でも」、「簡単に」とうたっています。しかし・・・
- 読書はIQも関わる知的な営みです。それが超高速になり、質も上がるということは、ある種の天才になるということではないだろうか?
- 1冊を○分で読むというスピードは、「超」のつく読書家の読書スピードを超えるかも…。経験を踏まずにそんなことが可能なのだろうか?
- 「テレビで、若手芸人が体験!」─そこにヤラセはなかったのだろうか?そこで得られた「読める」の質はどういう質のものだったのだろうか?
- そんなにすごい技術なら、なぜもっと多くの人がやらないのだろうか?自分の周りに修得者がいないのだろうか?
- などなど
書店にズラリと並んだ本の中で、学者が冷静な立場で書いた本は、佐藤泰正氏の「速読の科学」など数点に限られます。その他は基本的に、各教室が自分の教室の宣伝のために書いた“分厚いチラシの束”にすぎません。もっともらしい効能書きと体験談を詰め込んだ本は、アガリスク茸の本で話題になった「体験談商法」そのものです。
もちろん、それらがすべてウソだというつもりはありません。資本主義社会がビジネスを基本に動いている以上、当然といえば当然です。しかし、その内容が真実かどうか冷静に判断するクールな頭は必要です。そこに書かれていることが真実かどうかを見抜くことはいたって簡単です。あなたの体験に照らして考えればいいのです。
「できる人はできる」 ─それもまた真実です。イチローは毎年のように200本安打を打っています。しかし、それはイチロー以外の誰にもできません。
「誰にできるのか、どういう条件が必要なのか」 ─しっかりと確認する必要がありそうですね。
「できているという人の『できる』の質とレベルは自分の求めるものなのか?」 ─これも非常に重要です。
そして最後に「あなたが速読術を身につけたいと思うその理由は?目的は?その速読術は投資に見合う効果が得られるのか?」 ─しっかりと自問自答してからリサーチを開始しましょう。
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