ビジネス速読術講座
[44]文字を読む・本を読む
速読業界には小学生に速読を教えているところがあるのですが、実はほとんどのところがうまくいっていません。
速読業界最大手の日本速脳速読協会が、これまでの「速読力」から「速読・速解力」にシフトし、認定方法を「速さ」から「読書力」に切り替えてきたのも、このことに対する反省があるようです。
そもそも速読はなぜ可能になるのか?といえば
1.「本を読む」ことに対する目的意識が明確であること
「本を丸ごと読む」ことから抜けだし、「本から○○を読む」というスタンスを持つことが前提になります。これを前提として、情報の取捨選択をおこなう、あるいは情報に対するアクセスにメリハリを付けることによって、スピードをコントロールできるようになるということです。
その最たるものが情報処理型速読術ですね。
2.文あるいは文章を理解するスキーマが十分にあること
記号としての文字の羅列を見て、それをどれだけのカタマリでとらえ、一括して処理することが可能になるかということは、その人の読書経験によります。ここでいう処理とは「理解」と「記憶」です。
このスキーマは、脳科学的に言えば「長期記憶」というものです。
プロのスポーツ選手が複雑な状況を一瞬で判断して、適切なパスを出すことが可能だったり、将棋のプロがプロ同士の対戦の棋譜をすべて記憶することができたり、そういったことです。これはすべて経験を十分に蓄積してきたことで、楽に、瞬時に判断・理解し、記憶することができるのです。
逆に、プロのスポーツ選手でも、自分が遭遇したことのない状況に陥れば判断を誤るでしょうし、プロの棋士も、素人の大局の棋譜は全然記憶できないそうです。
つまり、長期記憶が関与する余地が大きいほどに、処理が早くなり、また適切になるということです。そしてこのとき、集中力が適度に高い状態であること、リラックスして視野が十分に広がっていて大局的にものをみていることも共通事項だと考えていいでしょう。
・・・とここまで書いて、今日のタイトルの意味がお分かりいただけるでしょうか?
そうなんですね。速読というのは「文章や本を速く読む技術」であって、「文字を速く読む技術」ではないということなんです。
もちろん、2番目の条件が十分に整えば「文字を速く読む」ことも可能になるのは間違いありません。しかし、それでも決定的に違うことがあります。それは「意識をフォーカスするポイント」です。
速読は自分の読書の目的を明確にして、情報に対するアンテナを高く上げた状態で読み進めます。このときにフォーカスするのは「文脈」であり、「情報」です。別に拾い読みでもいいわけです。はい。
拾い読みでは、拾った言葉と言葉の隙間を埋めるのに、完全に自分の持っているスキーマを使います。これに対して、目のトレーニングを十分におこなっていると、拾った言葉と言葉の隙間を意識・無意識レベルで受け止めた言葉が埋めてくれることになります。その分だけ、拾い読みよりは、視覚系トレーニングを積んだ速読は精度が上がります。
しかし、文字を読む場合には、フォーカスするのは「文字」です。文字に意識を向け、頭の中で一生懸命にそれらをつなぎ合わせ、文脈を組み立てていきます。
ここまで書けば、なぜ小学生に速読ができないのか、その理由が見えてきますよね?(^^)
小学生はそもそもスキーマが絶対的に足りていないという問題があります。これは大人でも同じ問題を抱えている人がいます。スキーマが足りない人が速読をすれば、それは単なる拾い読み以下のものになってしまいます。
それから、小学生が読む文章は非常に短いという問題があります。
とりわけ速読を採用しているはずの学習塾で読むものといえば、国語の問題だったり、数学の文章問題だったり、非常に短い文、文章である場合が多いものです。いずれにせよ、接続詞や「てにをは」などの言葉を吟味して読み解くタイプの文章です。
小学生に速読トレーニングをさせていくと、それなりに読書経験を積んできた子どもであれば、少しずつ楽に、軽く読んで、全体を理解していく感覚を養っていくことが可能でしょう。しかし、速読をするときにはフォーカスは文脈にあります。助詞・助動詞などの文字や文法的な掛かりがおろそかにされている可能性があります。というか、そういう部分を無意識に近いレベルで自動的に処理することで速読を実現しているわけです。
ちなみに、どのようなジャンルであれ熟達者は、このスキーマを信頼して無意識レベルに近いところで作業をおこなっていることがよくあります。そのために、微妙に潜む差異や誤りに気づかずに処理してしまうというミスがおこります。これをスキーマ依存エラーと呼びます。
もし速読によって「軽く読む」感覚ばかりにひたってしまうと、「文字を読む」ことをおろそかにしてしまうことになりかねません。
これによって「本は読めるけど、文字が読めない」というおかしな現象が起きてきます。
算数の文章題などは、まさに「文字を読む」というレベルですよね?言葉のつながりを、「てにをは」によって的確に理解し、場面をイメージして「何を問われているのか」を明確に理解しなければなりません。こういう些細なことを無視する読み方を続けていると、本は読むけど文章題が解けない、国語の問題が解けないという妙な現象が起こってしまうわけですね。
実際、速読を導入している小中学生対象の塾では「速読力と国語の成績、算数の成績は比例しない」ということが問題になっています。本来、読書量は国語力につながり、国語力は算数・数学力につながるというのが定説なのに!!(数学オリンピックに出るような子ども達に見られる大きな特徴の1つとして「とにかく本をよく読む」ことが挙げられるそうです。)
でも、実は国語指導の世界では「文字は読めるのに、本が読めない」という子ども達のことも問題になっているんです。いや~、難しいですね~。(--;
これは文字を読むのに支障はないのに、本を読めと言われるといやがったり、薄っぺらい本ばかりを図書館から借りてきたりするそうです。
今の子ども達は「本離れ」と言われながら、図書館の貸し出し数は増えていると言います。つまり、薄っぺらな本を借りてごまかしたり、適当に読んだことにしてごまかしたりしている子どもも多いのかもしれませんね。(とくに「クラス対抗!本の貸し出し数ランキング」なんかやってる学校は、そういうまやかしを多く生んでいる可能性があります。)
ということは・・・今まで「子どもに速読をさせちゃだめ!」と主張していましたが、
○「文字を的確に読む力」を付けさせる
ことと同時に
○軽やかに情報を取捨選択し、目的に応じて読みこなす力
○集中とリラックスのバランスを上手にとって「本を読み通す」力
ということになるのかも知れません。
どちらも重要。まさに車の両輪なのかも知れませんね。
P.S.
蛇足ですが、「初めて読む文章を高速に音読する」能力は、確実に国語力や数学・算数の文章題を解く力に比例・直結します。これは読み上げる文字を的確にとらえつつ、その先まで無意識レベルでとらえるという非常に高度な処理が必要だからです。
子どもさんに速読を学ばせたいと思う親御さんは、まず子どもの音読力・朗読力をチェックしてみるといいのではないでしょうか。
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